第4話 歩澄の謎
閃光がはしり、近くで静寂を切り裂く金属音が鳴り響く。
「な、なんだお前は!」
男の焦り声に目を開く。私の目の前には羽織を翻し、刀を受け止めた歩澄の姿が。鋭い双眸は男をただ睨み据えている。歩澄は、慄き呆然とする男の刀を一度弾くと私を背に庇った。
「今宵は瘴気がやけに強いと思ったら……こういう事ですか。申し遅れましたが、私は彼女を庇護している者です。それ以上は貴方に語る義務はない。勿論、彼女に近づかせる訳にもいきませんが」
「んだと……!」
「貴方が行くのは彼岸の先の地獄です。残念ですが貴方の穢れを払うのも無意味なので」
冷酷な視線を向けたまま、歩澄は剣先を男の喉元へ突きつけた。普段の穏やかな雰囲気は消え失せ、今や瞳に一切光を宿していない。深淵のような虚無を映している。
「足掻くか、素直に地獄へ向かうか……お選びを」
「はっ、俺が素直に聞くとでも……ってまて。まさか今穢れを払うって言ったか?聞いたことがある。お前はもしや穢れを払うかむな──」
「ご想像におまかせします」
歩澄が言い捨てると、男は業火に焼け散る華のような怒りを瞳に滾らせる。
「ああ、そうかよ……くそ、どうせ地獄に落ちるなら足掻いてやる」
男は懐から銀色の何かを取り出し歩澄──ではなく私を目掛けて投げ飛ばす。速度を落とすことなく放たれたものは懐刀だ。狙ったのは私の首元。
「音羽様……!」
反射的に振り向いた歩澄は即座に刀の軌道を変え、私に届く既前のところで懐刀を弾く。懐刀は加速したまま木々の間を縫うように弧を描いて撥ねた後、泉へと沈んだ。静けさが泉に満ちる。再び歩澄が男に視線を投げると男は薄笑いを含み、己に刃を向けた。
「殺されるんなら、自分で断つ方がましだ」
「ま、待って……!」
私が止めるより先に男は刀を振り上げる。血潮が上がり、その場に倒れる男。彼岸花のような紅が広がるその光景に、私の指先の温度が奪われていく。小刻みに震える手で、縋るように歩澄の袖を掴む。見上げると、歩澄の暗鬱な瞳が男を映していた。微かに瞳の奥に滲んでいるのは
「……何て愚かな。私が殺すわけないでしょう」
溜めていた感情を吐き出すようにぽつりと呟いた歩澄はそのまま男に手を翳す。たちまち細やかな光の粒が泉から浮かび上がり、男を包み込むと、それは次第に闇を貫く眩い光へと変化した。
雷光の如く煌めいた光は幻覚かと錯覚するほどに一瞬で、次に意識を向けた時には、数刻前と同じ闇が満ちていた。漂っていた邪気と男の体躯は跡形もなく消えている。
「……え?」
初めて見た景色。それに戸惑っているのもあるが、何より驚いたのは歩澄の行動だった。手を翳しただけで、男の姿と充満していた邪気と瘴気を祓っている。夜風が私達の間を埋めるように吹き抜けた。
「ねえ、歩澄って……」
「私の正体と力が気になりますか?」
歩澄は見越したように訪ねて私に振り返ると刀を鞘におさめる。頷く私を一瞥して、歩澄は一呼吸置いて口を開いた。
「今の力を見せたなら言わなければなりませんね……私は穢れを払う神として貴女よりもずっと先にこの神社を任されました」
「穢れを払う……」
「先程あの男が言いかけましたが、貴女は
「神直毘神は穢れを祓い、正す神とされています。黄泉から帰還したイザナギ様が禍を直そうと禊をして生まれたのです。
私は……その神であり『歩澄』という名はこの泉界神社の主─
「歩澄が……神様?」
思わず歩澄を見上げる。衝撃が隠せなかった。だが冷静に今までの出来事を振り返ると、妙に納得がいった。邪気ある泉に長時間居ても禍々しい邪気がついていなかった事や、歩澄が云った『瘴気や穢れに強い体質』という言葉。抱いていた疑問が晴れ、点と点が繋がっていく。
魔除や厄除けに効果ある勾玉の件も、渡された時は繋がりが分からなかったが、今なら理解できる。歩澄が穢れを祓う神だからこそ、歩澄の力と連動してる勾玉が反応し、私の危機に駆けつけることが出来たのだろう。
ただまだ幾つか疑問が残っているのも確か。それは私がなんの神なのか、歩澄が私を守護する意味、泉界神社の主のことだ。私が神社に送り込まれた事も分かっていない。
「歩澄が神様なら私を護る意味が分からない……神様の歩澄がなんで私なんかを?」
素直に疑問をぶつけると、歩澄はゆるりと被りを振った。
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