6.現代版、サンタ出動

「そろそろ向こうも動き出す時間だな」

「このまま撮影で時間が過ぎてくれたらいいのに。そうだ、秋葉、テイク3を狙って何か」

「何かってなんだよ」


 ファーストテイクの再来は絶対にやらないと断ると忍は前向きに考え出す。

 ……まずい、ここで考え出されると別の何かが起こってしまう。


「トナカイの綱を切ってみる」

「それ、再起不能な奴!」

「大丈夫だよ。多頭引きだから」


 そういう問題ではない。


「忍、そういう怖いことはやめてくれ」

「一蓮托生か。僕は多分大丈夫だけど……撮影で時間が過ぎたらいいのに、は同意だな」


 怖いの意味がオレとは違いそうな司さんの一言に続き、エシェルがさり気に酷いことを言っている。


「ほらー御岳さんも真面目に仕事に来てるだろ?」

「ほんとだ。ちょうど真下辺りだね」

「御岳か……ちょうどいいな」


 珍しく司さんが何やら用があるようだ。いつもは向こうから何かしらアクションがあって司さんの方がなんとなく往なしているイメージの方が強いが……


「御岳、取れるか?」


 司さんが無線で呼んでいる。


『なんだよ、サンタさん』

「俺はサンタ役じゃない。今から重要書類を投げるから、受け取ってくれ」


 重要? 投げるんですか、司さん。

 違和感を覚えていると司さんは……分厚い冊子状になっているこちらのノルマリストを……宣言通り投げた。

 放ったんじゃなく、投げた。下方に向かって。


『あっぶね! ……これお前んとこのリストじゃないの?』

「個人情報だから、重要」


 結構な勢いで風を切って直撃しそうなそれを、御岳さんはうまくキャッチしたらしい。

 角が当たれば、普通の人ならただではすまない重力加速度がついていそうだったが。


「こっちは撮影に手間取ってる。悪いがそのリストも回ってくれるか」

『いいけどご褒美』

「あとでサンタ服レンタルして公爵に特別シングルで撮影させてやる」

『マジで? めっちゃ旬映えじゃん。あ、でもそんな大容量データデバイスに入りきんないわ』


 御岳さん……入りきらないとか一体、どれほど撮影してもらう気なんですか…

 それ以前に司さんの提案が意外ではあるが。


「忍に編集してもらってあとで外部記憶で受け取ったらいい」

『おー。そういうの得意そうだもんな。よし、任せろ』


 元々、賑やかなことが好きそうな御岳さんはこのイベントにも割と乗っているのかすんなり引き受けて、こともあろうに荷物まで投げ渡されて、サンタよろしく白い袋をふたつ担ぎ上げる。

 そして、こちらに向かって手を振るとあっという間に住宅の屋根や塀を足場に跳んで、去って行った。


「忍の了解がなかったみたいだけど、いいのか?」

「いいよ。リスト全部御岳さんが回ってくれるんでしょ?」

「ここに薄いのが残ってるけど」

「司くん……」


 エシェルは座席の下の方からほぼほぼ数ミリ程度の青表紙の冊子を取り上げて見せてくる。

 赤じゃなくて、そこは事務的な青ファイルか。


「薄いのは投げると、ページが破損する恐れがあるだろう」

「そっか。放ってもバラバラ捲れてどこに行くか分からない感じだもんね。何件くらい?」

「30件だな」


 エシェルが軽くめくりながら目を通している。


「それくらいなら、お楽しみで回ってもいいくらいかー」

「そうだな。オレたちにはちょうど良さそうな件数で安心したわ」


 メインのリストが御岳さんに渡ったことで、二手に分かれなくてもいい件数になった。

 四人で回ると思うと途端に心配だらけの仕事がミニイベントくらいになった気がしないでもない。エシェルが一緒なのも珍しいので楽しめるならその方がいいだろう。


 * * *


 ただソリを何往復かさせて、出来栄えもわからない撮影が終わった。

 何が本番というかもよくわからないが、夜半になったのでソリについている鈴が鳴らないようにして高度を落とす。現代のサンタさんは騒音にもお気遣いが必要だ。

 夜景を楽しむ余裕もできてきたところだったので、異様に低い場所に見えて違和感だ。

 ……今現在の自分たちの姿の方が違和感なのだが。


「目的の家が近すぎて各駅停車感がもどかしい」

「スピード調節機能は隣の家までが遠い国仕様だな」

「発進させる間を考えると、確かに特集部隊のメンバーの方が効率がいいわけだ」


 市街地半空中戦が得意な特殊部隊の人たちは、住宅地なら屋根や塀を足場にハイスピードで移動できる。ベランダに置いていくだけならほぼほぼノンストップで行けそうなわけで……


「……」

「別に司くんに配れっていってるわけじゃないから大丈夫だよ」


 請求しているわけでなく、お楽しみと言ったらお楽しみの方向で向き合うのが忍の性質だ。ただ、各駅停車であるならば、快速くらいスムーズに運行して楽しくしたい気はあるだろう。


「次、そこのグレーの屋根の……あ」


 ベランダに置き配するつもりが。こどもが目をこすりながらカーテンを開け、こちらをみて口を開け、一気に眠気が吹っ飛んだ顔をする。


 みつかった。


 行動が早かったのは、司さんと忍だった。ほぼゼロ秒でさっと身をかがめて隠れる。

 忍、お前は民間人なのになんでそんなに素早いんだ。しかしオレも負けていない。つられて倣って身を隠してしまった。


 結果。


「……」


 荷台からプレゼントを取り出していたエシェルが逃げ遅れてしまった。まさかの事態が起こった。

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