風と桜と
「でも曇が流れてくのは大体同じ方向じゃね?」
「地上と風の流れが違うんでしょ。それも面白くて」
オレにはわからないが……言われればその通りだ。雲は絶えず同じ方向に動いているのに、この辺りは止んだり吹いたり。しかもそれがどうも一方向ではないらしく、話している間も吹きつけたり、舞い上げたり、その動きに合わせて花びらがあちこちで乱舞しているのに気づく。立ち話をしているオレたちのすぐ周りでも。
しかしそれもまたすぐ収まり。
「ほら、あれ」
周りに舞い散る花びらがなくなった頃、忍が北側を指さした。だいぶ遠いが左手の坂の上の桜がものすごい勢いで散っている。
「……うわ、すごいな。桜吹雪ってあぁいうこと?」
しかし、ここは風がないわけで。ざわざわと音を立ててそうなものすごい散り方に、それを口にしようとした瞬間。それはここへやってきた。
「!」
凄い勢いで風が抜けていく。散った桜もここまで届く。届いただけじゃない、一瞬にして遥か後方まで風ははなびらを運んで行って……いつしかあたりで散ったそれと溶け込んで見えなくなった。
「あぁ、さっき見えた風が今、届いたんだね。それが面白かったのか」
と、アスタロトさん。
風が届いた。普段目に見えないそれをそう表現したり感じるのは難しい。けれど、今のはわかりやすかった。
「花が散るから、花びらで風が目に見えるってすごく新鮮で」
嬉しそうに忍。また別の方を指さして教えてくれる。
「あの坂の上に吹く風は、そこの建物を境にこっちと反対側に分かれて流れてるんだ。今日は風が強いから、全然桜がないのにすごく遠くまではなびらが飛んでるでしょう?」
言われてみれば。
って何度目だこの感想。
けれど、意味はよくわかった。確かに建物の向こう側には木なんてないのに、割と高い場所まではなびらが舞い上がり、南へと舞い流れていく。
忍はさくらの花びらが散るのももちろんだが「風が目に見える」のが面白かったんだ。
……風が建物を境に川みたいに割れて流れてるとか、見えなくても見えてもふつうは気づかないだろうに。
「本当にお前、観察好きな」
「好きだよー気付くと楽しいもん」
確かにな。
こころの中で少しだけ同意する。
忍の見ていたものはオレには見えていなかった。たぶん、ここを通るほとんどの人間はそこまで見ない。だから立ち止まることはあっても時間は短い。せいぜいが。花を見上げるくらいで。
そして、それを教えてもらうと確かにそれが見えだして、感じ始めて、まるで未知の世界が広けたような感覚は確かにある。それは、おそらく「新鮮さ」。
「あぁ、また風向きが変わったね」
アスタロトさんの言葉に風の吹いてきた方を見る。今度は南風。さきほどまで吹いていた北風と相まって、舞い上がり、あるいは降り、無軌道に踊りながら通りすがる花びらたち。
幻想的、というと大げさだがなんだかいつも見ているそれよりきれいだ。
「桜は毎年見てるけど、こんなふうに見たの初めてだなぁ…でも20分はきつくないか?」
そろそろ30分は越えている頃合いだと思うんだが。オレは教えてもらってそれが見られて、すごく満足したのでつい聞いてしまった。
「きつくない」
きっぱり。
「というより、眺めていたら時間が過ぎてしまった。体がすごく冷えた気がする」
そうだな、面白くなければそんなに見てないもんな。愚問だったよ。身体が冷えたのは、東京とは言え雨上がりの翌日の北風直撃を受け続けたせいだろう。
「花冷えという言葉もあるくらいだからね。これだけの風に当たり続けていれば冷えるよ。少し店にでも入って温まったら?」
公園内にあるティーラウンジを視線で示すアスタロトさん。自分が観察していた忍の動きの答えは全部出たんだろう。
神魔なので寒さを感じてはいないと思うが、オレもたかだか5分、10分ここで止まっていただけで寒くなってきたこの感覚。
……30分も立ち止まっていれば、さぞ冷えていることだろう。
「一人であそこ入るの苦手だから、適当に自販機であたたかい飲み物でも買うことにします」
顔色悪くしながら何言ってんだ。自覚はたぶんないんだろうが。
「あ、入るならオレ一緒に行くわ。何か飲みたい」
「ボクも一緒しようかな。店の中からでも桜は見えるしね」
そうして。
なぜか暖かい日差しの中。花冷えというものも身をもって体験し、あたたかな場所であたたかな飲み物にほっとする。
なんでもない、けれど新しい感覚が、オレの中に生まれた、それでもいつもの日常だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます