4.夜勤警官は、湯気の向こうに虚構を見る

「三人とも、何か調達してきたのか?」

「特には」

「夜食届いてないの? オレ腹減ってきた」


フリーダム御岳。年越しどころか今届いていたら今、食しそうな発言をしている。


「コンビニの何かでいいかなと思ってたけど、あったかいのが食べたくならない?」

「冷たいそばの話聞いたからだろ」

「司くん、カセットコンロとかないの」


何か始める模様です。


「非常用にあったよな。何か作ってくれんの?」

「作るって言うか……鍋ならみんなであったまれるのでは」

「スーパーギリギリ開いてるし、買い出し行こっか」


答えたのは御岳さんだが、忍と森さんの発言に、おーーーというどよめきが起こる。

南さんが立ち上がって自分のカバンを漁っている。


「みんなは出るわけにいかないから、秋葉も一緒に」

「いいけど」

「じゃあすまないが、これで適当に買ってきてくれるか」


そういって出してきたのは万札だった。


「えっ、いやいいですよ! オレたちがここに遊びに来てるんだし!」

「南さん、それやられたらオレも出さないとだからやめて」

「……適当に案分して使ってくれ」


三部隊の隊長の反応はそれぞれだ。

とりあえず、札が2枚になったが、どれだけ高価な鍋作る気だよ。


「……夜は長いから、何か甘いものも買って来よう」

「よし、我々はコンロと鍋を出すぞ。包丁の準備もしておけ」


さすが元自衛隊だけあって、炊き出し(?)の物品準備は南さんが的確にしてくれそうなので、任せておく。


オレたちはホタルノヒカリがBGMで流れる前にスーパーに駆け込んで、鍋の具をカートに放り込む。


白菜、ねぎ、しらたき、きのこ、豆腐、にんじん……


「これ、1万円でもおつり来るだろ」


一般的な鍋の具材はヘルシーかつ、安価だ。


「男性多いから、量はあった方がいいよね。白菜でほぼ場所占拠されそうだけど」

「肉をいいのにしたら?」


そうしよう。


三人で同意して、肉売り場で牛、豚、鳥と各種そろえる。

誰が何を好むのかわからない上、南さんの言い方だとコンロ1つだけというわけじゃなさそうなので、分ける作戦でもある。


「……しまった。みなさん帰りましょうソングが流れだした」

「いや、歌じゃないし。なんでホタルノヒカリなんだかな」

「……ラップなんか流れたら意味不明だし、何かが始まってしまった感じしかしないじゃないか」


そういう意味じゃねーよ。


あとは、クリスマスを引きずっているのかノンアルコールのシャンパンやらお茶、ジュース、コーヒーなど買って帰る。

ペットボトルが結構、重い。


「静かに年越しっていうか、ふつうにパーティな感じになってる気が……」

「そろそろ護所局の魔王が現れる時間だ。……仕方ない、焼き鳥とビールも買ってくか」

「ダメだろそれ! なんでビールだよ!」

「だって、二度目つかいっ走りされるより、一回で済ました方が……」

「絶対だめだ。絶対完全禁煙の庁舎内で喫煙も始まるぞ」

「じゃあやめとこう」


酒を飲むのは勝手だが、受動喫煙は避けたいらしく、あっさり退いた。

ていうか、来るのか……

来るのに鍋の準備とかしてていいの?オレたち。


基本的な疑問だ。


そして、再び詰所。


「よぉう。今年も差し入れありがとちゃん」


……世代の違いを感じる。

食べやすいのかやっぱりドラムを片手に食いちぎるようにソファにふんぞり返る局長、近藤和の姿がそこにあった。


「和さん、こんばんは」

「今年もお邪魔してます」

「うんうん、いいねぇ。何事もなければ鍋パーティで今年は終了か。悪くねぇなぁ」


……そこは、引き締めた方がいいのでは。

局長が現れたことで、本部の部隊員の空気が若干変わっている。

ちょっと背筋が伸びて通常運行……というと聞こえがいいが、先ほどまでのほのぼのテンションは明らかに落ちていた。


「今年は秋葉も一緒か。まったく……仲良きことは美しきかなだねぇ」

「局長、聞きましたよ。去年の焼き鳥事件」

「なんだそりゃ」


日常の延長であったせいか忘れている模様。


「事件はともかく、今日は焼き鳥は買ってきてないですけど、肉色々買ってきたので、それで我慢してください」


肉、という言葉にテンションが下がりかけていたみなさまの顔に、生気が戻った。……ように感じた。

現在22時20分。

年越しには早いが夜食として準備を始める。


「司ー包丁」

「給湯室に一通りそろえてあるが……やってくれるのか?」

「やってくれるのか?って隊員の人、誰か料理してくれるの?」

「いや、頼む」


女子力というイメージとは程遠い女子二人と給湯室に向かう。

今日はオレも休みで労う側だから、食材をもって作業組だ。白菜くらいは剥ける。


「鍋って楽だよね」

「ほとんど材料そのままぶちこむだけなのに、体が温まるし、栄養価が高い」


女子の会話。

しかし、レイアウトはこだわり気質というか、無駄にきれいに食材がセッティングされた。


「持ってくぞ」

「うん」


鍋が3つ用意されていたので、肉ごとに分ける。

タイミングよく見回りからいったん戻ってきた隊員は運よくそれにありつけそうだ。


「外寒いからこれは嬉しいわー」

「だよな。中にいても出来立ての鍋とか嬉しいよな」


表情で分かる。明らかに去年よりもやってることがグレードアップしてるんだろう。

今年の特殊部隊本部の年越しは、鍋パーティだ。


「3つできるなら、闇鍋一個作ればよかった」

「忍……お前は何しに来たんだ……」

「知ってるよ。餃子の皮にグミを包んで入れると、鍋一つ破壊される兵器になるってことは」


やったことあるな、こいつ。


「せめて食べられるものか、全く無理なものかどっちかにしてくれ」

「グミって食べられるものじゃ……?」

「核みだいだよね。本体は飛散して、鍋丸ごと汚染するの」


溶けたらしい。


「お前そんなことやってたの!? さすがに一人じゃやらないよな! 相手は誰だ!」

「残念ながら森ちゃんではない。今度やるときはもっとうまくやる」

「何を」


その今度はこないと思われる。

そんなことを言っている間に、ぐつぐつと音がして、湯気を上げだす鍋。


「あぁ見てるだけで幸せになりそうな光景だ……」

「年越しにこんなあったかいものが食べられるなんて……」


去年も冷たいそば食べた組だな、この人たち。

長時間勤務のせいか、もう大分おつかれの様子。


「和さん、さすがに年末ならソバ屋さん開いてると思うから、来年から出前とか、暖かいものにしてあげてください。できれば夕食も」

「忍ちゃんに言われちゃ仕方がないなぁ……考えとくよ」


かくして、忍は年末特別警戒態勢に配置された職員の救世主となる。

……食事一つでモチベーションが変わるあたり、男は単純だ。

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