年越し鍋と年末特別警戒

1.みんな年越し何してる?

官公庁御用納め……他の企業のことはよくわからないが、これは大体12月28日だ。

29日から1月3日までが休み。


大掃除だの正月だのイベントが連続する冬休みにしては短いと思うが、大体自宅にいる人間は寝正月になるので、妥当なところなんだろう。


「年越しって、いつも何してる?」


忍がふと、聞いてきた。


「何って、特に何も……オレ、外出てカウントダウンとかする方じゃないし」


学生時代は、男友達に誘われてでかけたこともあったが、自分から行くほどの気力があるかといえば、ない。


「そっかー。私もお父さんいたときは何をするでもなく家族で過ごしたけど」


今の発言で。

……忍の父親は今はいないのではないかということがわかってしまった。

忍は都内生まれで今は一人暮らしだが、家族は今は他県で暮らしているということは知っていた。


「じゃあ今は?」

「別に見たい番組やってるわけじゃないし、早く寝るかな。でも去年は、森ちゃんと司くんのとこで年越した」

「そうなんですか!?」


オレはその言葉の違和感に引っかかることもなく、司さんに聞き返す。

外交訪問の待ち時間。

窓口で手続きをしていた司さんは振り返った。


「あぁ、二人とも来たな。……今年は来るなと言ってある」

「? 来たって? 司さんの家で年越しじゃなく?」

「……年末の特別警戒があるから、毎年家で過ごせないんだ」


そうだった。司さんは警察の人だった。

年末はもちろん、年越しの日なんて渋谷のスクランブルが大変なことになるのは有名だから、普通の警察も忙しいだろう。

のんきに冬休みだーとか言ってたのが、ちょっと申し訳ない。


「警察の人もだけど、警備員とかコンビニのバイトさんとか、年末年始だからといって休みじゃない人はけっこういる。あと、旅館業の人とか」

「そうだよな。だから出かけて遊べたりするわけだしな。なんかすみません」

「いや、振替はとれるし」


でもやっぱり、意識はしていなかったけど年越しとなると大事な季節行事だから、毎年仕事っていうのはちょっと酷い気がする。

家族と過ごせない、というのが家族を失ってその大事さに気づいた人間の多いこの時代にはけっこう辛辣だ。


「でも毎年なんですか? シフト制とかじゃなく?」

「司くんは取り仕切る側だからねー 他の人はシフト組めても詰めてないとダメな人」

「そうだった……重ね重ねすみません」

「いや、だから別にずっと外回りというわけじゃないし、本部詰めだから何事もなければすることもないんだ」


……何事かあった時が大変というわけで。

でも年末イベントはどちらかというと神魔の方々より人間の方がテンション上がっていろいろやらかすから、特殊部隊は割と平和なのかもしれない。


「本部詰め……だから忍は森さんと行ったのか」

「今、ヒマって言ったよね。差し入れすると他の人も喜んでくれるし、去年和さんなんかあったかい焼き鳥とかに一番喜んで酒買ってこい言ってたし、上司的にも全然問題ないと思うんだけど、ダメなの?」


すっごいダメなエピソード出てきた。

局長いたのか。焼き鳥つまみに酒買いに行かせようとしたのか。


差し入れはそりゃ喜ぶだろうけど、そこはダメだよね!


「ダメなの」


珍しくそのまま復唱することで、むしろ「ダメ」が強調されている感。


「森ちゃん寂しがるよ? 司くんは詰所で仕事でも同僚と年越しだけど、森ちゃんは一人だし」

「……」

「忍は今年は森さんと年越ししないの?」


司さんが何か身につまされていそうだが、オレが聞く。


「今年は行こうと思ってる場所があって……」

「そっか、森さんも外出てまでカウントダウンしたいっぽい感じじゃないもんな。それじゃ寂しい、か?」


疑問形。

なんか忍と同じで、年の瀬関係ないし用がなかったら普通に寝そうだよ


「…………」

「あっ、別に司さんのとこ行くの推奨してるわけじゃないですよ!?」

「わかってる」

「森ちゃんは好きな人とゆっくり過ごすのは好きだけど、それ以外の人はどーでもいいっていうか」

「それお前」


しかし、価値観はほぼシンクロしてるから多分、合ってるんだろう。


「司くんの代わりに秋葉派遣しようか」

「!? なんでオレ!? ってか代わりにならないだろ!?」

「家族代行業」

「ないから。異性訪問させるとか何考えてんの」

「………………」


あ、司さんに仕方なくでも「いい」って言わせたいのか。

でも沈黙の時間は伸びてるじゃないか。……この調子だと間違ってもいいなんて言わないと思うぞ。

それ以前に、オレが森さんと二人きりで年越しするとかいろんな意味で無理だ。


「忍」


司さんの方からため息とともに声をかけてきた。


「俺だって別に好き好んで年末年始まで詰めていたいと思っているわけじゃないんだぞ」

「そうだね。できれば家で静かに過ごしたいタイプだよね」


わかっているなら、なぜ言うか。


「家でなくても森ちゃんと一緒に過ごせたらいいよね。……需要と供給が一致している」

「めちゃくちゃ合理的だけど、周りの都合もあるだろ」

「周りの都合も文句言う人がいないって、結構前に言った」


そうだった。


「まぁでも、司くんの立場もあるから……そうだ。仕事と家族とどっちが大事なの?」

「待て。思いついたようにめんどくさい女のテンプレセリフ真顔で言うな」


というか今の言い方むしろ「そうだ、京都へ行こう」くらいの軽さにしか聞こえない。


「家族が大事だよねー」

「わかってるなら、聞かないでくれるか」


深々とため息。

司さん、折れそうな気配がしてきた。

が、先に忍が妥協案を出してくる。


「じゃあ、私が行く先に森ちゃん誘っていい?」

「……? 連れて行っても大丈夫なところなのか?」

「平気だよ。もちろん、森ちゃんの意思優先だけど」


最初からそうしろよ。

まぁこれで、嘘でも森さんからの「一人で寂しい」発言は出ることはないであろう。


「年越しだから、泊りになるけど計画立ててもよろしいですか」

「あとは本人と話してくれ」


さすがに三年連続たった一人で年越しさせることに負い目を感じるのか、司さんはその提案を一も二もなく受けた。


そして。


オレにもお誘いがあったのが年末も差し迫った休みの日。

相変わらず電話が嫌いのようで、メッセージツールを使っている。


オレの方が、面倒なので電話をかけた。


「なんでメッセージなんだよ。休みなんだから普通に電話にしろよ」

『そうだね、私もその方が早いかなと思い始めたところだった』


反省はしている模様。


「で、でかけるってどこに?」

『場所確定してないと参加してくれないクチ?』

「いや、ふつうは聞くよね。参加はともかくそれくらい聞くし言うよね」

『場所は都内です。本企画はミステリーツアーとなります』

「………何もミステリー要素はないと思うんだけど」


ミステリーと来たら、サスペンス。

殺人事件の予感しかしないが、そんなことがあるはずはないので、そこは流しておく。

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