終わる世界と狭間の僕らー季節短編集

梓馬みやこ

神魔の贈り物

流星群(前編)


その部屋に入ると


「公爵、お願いします。公爵くらいしか頼める人が……というか、出来る人がいないですし」


忍がダンタリオンに話すそんな声が聞こえた。



   ‐流星群‐



今日は用があるから先に行っていると言われて、例によって司さんと魔界の大使館に到着したその時だった。

ドアが開く音に顔を上げるダンタリオン。こちらを振り返る忍。そこで聞こえてきたのがその会話だ。


「どうしたんだ? 忍がそいつに頼み事? 珍しいな」

「確かに珍しいよな~。うん、でもまぁ悪くない。乗ってやるよ」

「ほんとですか?」


やったーとばかりに笑顔になる忍。普段フラットなテンションなのでこれもちょっと珍しい。

しかしその反応で、今聞きかじった「頼み事」とは深刻なものではなく何らかのお楽しみの一環程度であることは、司さんもオレも瞬時に理解した。


「早く来て何を密談してたんだ?」

「密談とか。司くん、気になる?」

「……………………微妙」


聞かない方がいいような、聞いておきたいような。

どうもプライベートに近そうだし、複雑さは胸中はしまっておくことにしたそうな司さん。

オレは「聞かなくていい」を選択肢して、ここに合流。いつもの外務のお仕事の時間が始まった。



 * * *



その日。

朝からよく晴れていた。


いつもと変わらない、東京はうだるような暑さでもある。

8月12日。お盆直前、明日から休み。みたいな企業もあってみんなレジャーや帰省にもう気分が飛んでいる。今日の内に都内を離れる人もけっこういるらしい。


3年前に人口の減った東京が、もうすこし人口を減らす時期。


「秋葉、今日は帰ったらちゃんと空見てね」

「空?」

「好条件です」


夕刻の別れ際に忍はなぜかそんなことだけ言って去っていった。

司さんもオレも「?」となる。いつも説明には抜けがないけど、こんなふうにものすごく短く、意味不明な感じのことを言って終わらすこともけっこうある。


そして、そんな時は大抵……





午後9時。風呂に入って、オレはなんとなくベランダに出た。

「夏」というのはいつからいつまでなのか。

5月には30度を超す日もあったから、8月中旬ともなればピークは過ぎているのかもしれない。

夕方、ゲリラ豪雨があった。そのせいだろうか。今日の風は少し、涼しく感じる。それとも最近の夜風はいつもこんなだろうか。


「こんなふうに外に出ることってあんまりないなー」


住宅街だが、街の灯は遠くなく、空は晴れているようだけれども地上の明かりで白ずんでいる。

特に何もなかったが、少しだけ火照った頬に風が気持ちよくてオレはしばらくそこで、風にあたっていた。



 * * *



同刻。

司は夜の巡回。二人で組んで、街を歩く。歩道橋に差し掛かり、ふと、空を見上げた。

歩道橋から見える大通りはテールランプが流れ、ビルの明かりもまだ煌々とついている。それでも明日から休みの企業が多いせいか、いつもより少しは暗いんだろうか。


見慣れた、しかし夜闇を背景に風に僅かに揺れ、あるいは流れ、留まり。動きのある夜景はいつみても飽きたと感じたことはない。

なんだかんだ言いつつ、この街が好きなせいだろう。それは森も同じだ。


ゆっくり夜の時間を過ごしているかと、片割れを思い出しながらそして、司はその白ずんだ空の向こうに、気のせいか、僅かな光を見た気がした。



 * * *



森は秋葉と同じように、ベランダに出ていた。

けれど秋葉のように「珍しく」ではない。低すぎず高すぎない階層にあるマンションのベランダは、風が吹きあがり、なかなかに涼しい。

眺望も良かった。

「近くから」あるいは「夜景の中から」でないにせよ、ここから見る夜景は見渡す限りで心地よい。だから、ままあることでもある。


特に帰省先もない彼らはそうして、同じ時間に街を眺め、そして風を浴びた。


その目の前で。



フッ、と明かりが消える。

大停電。


とまでは行かない。ただ、端から音もなく光が消えていった。街の灯が消える。この異常に街にとどまる誰もが戸惑い、事件性を鑑みた警察たちは火急的速やかに連絡を取り合い始める。


しかし、信号、高層ビルの上の誘導灯、灯台、安全に必要なものはすべて機能していた。

森のいる場所からだとわからないが「必要のないものだけが消えた」という感じだ。そのせいか、大きな混乱は起きず、戸惑いだけが人々に波紋を投げかけている。


少し高い場所にいた人間は、東京タワーだけが、いつものように煌々と赤いライトアップをまとって、暗闇にそびえたっているのを見ただろう。


だから、人々は何が起こったのか、そのことに耳を傾け、あるいはスマートフォンの画面に視線を落とす。

だが、誰かが気付いた。


星が流れたことに。

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