期待と心配と慢心

『あなたたちは、怪獣というものに対して感覚がマヒしすぎている』

 うるちの言葉は、ここのところずっとアラトの心に、楔のように突き刺さっていた。


 実際その通りなのだ。

 怪獣というのは本来災害のような物で、発生の経緯がどうだろうとそれに同情するというのはおかしい話だ。


 生まれたときから当たり前に怪獣がいて、その存在にすっかり慣れて、そしていつの間にか思い込んでしまっていた。

 怪獣は別段恐ろしいモノでもなんでも無い、と。


 言ってしまえば、怪獣を見くびっていたのだ。改めてそのことを痛感した。


 今日は一週間ぶりに、四人全員がアラトの家に集まっていた。ヒロが部活でなかなか来られないことが多かったためだが、一方でうるちは思っていたよりも頻繁にミーの様子を見に来ていた。

 どうやら、本気で危険が無いか見張るつもりらしい。

 しかしよく顔を合わせる割には、ミーはうるちに懐かなかった。


 夕日が差し込むリビングで、しっぽを振っているミーと無表情のうるちが、静かに向かい合っていた。


「おもちゃ……」

 うるちが鞄から取り出した小さなエビのぬいぐるみのような物を差し出すと、ミーは少女の細い指先からモノだけをひったくり、そのままリビングの端に逃げて行ってしまった。


 さすがは怪獣、図々しい。

 しかしこの場合、小さな子供に使う時の「怪獣」だな、とアラトは取り留めも無いことを考える。


「キタちゃんごめんね!うちのミーが……」

「いやうちの子なんですけど」

「怪我とかしなかった? ……わっ! 指細い! 長い!」


 アラトの言葉は子供のようにはしゃぐジュンキの耳には届かなかったらしい。

 もしくは黙殺されたか。

 髪とスカートをぴょこぴょこひらひらと揺らしてうるちの周りを跳ねまわるジュンキの代わりに、アラトは部屋の隅でエビを叩いているミーを迎えにいった。


 意外とミーをかわいがっているのか、うるちはたまにこうして猫用のおもちゃを持って来てくれた。


「平気。それに仕方ない。指は長くした」

「どうやって!? 私もしたい!」


 女子が集まると騒がしい。

 いや、騒がしいのは主にジュンキだが。

 仔猫を抱えてソファに座っているヒロの横に腰を下ろす。


 ヒロがミーを撫でようと手を伸ばすと、ミーはまたしても、次は部屋の反対方向に向かって逃亡した。

 怪獣はヒロにも懐いていない。

 というか、まだまだ人間全体への警戒心が強いのだろう。


 仕方が無いのでしばらくミーに構わず、他愛のない話やこれからのミーの世話なんかを話していると、部屋の隅でミーが眠っていた。

 それを目ざとく見つけたヒロが、今度こそはとミーを起こさないよう、慎重に近づいていく。


「あれ? ミー少し大きくなったか?」

「そうか? あんまりわかんないけど……」

「毎日会ってるからわかりにくいってのもあるんじゃないか?」

「ヒロだって一週間しか空いてないだろ……」


 寝ているミーを撫で繰り回していたヒロの言葉に、アラトは一瞬ドキリとした。

 ガリガリを脱してからは餌の量も調節しているが、まさか太らせてしまったか? という懸念が一瞬頭をよぎり、ヒロの大きな体の横から怪描へと手を伸ばすが、特別柔らかくなったという感じはしない。


 しかし言われてみれば、程度ではあるが。

 たしかに、少し大きくなっているような気がしないでもない。

 肉ではなく、骨。つまり成長。


 まあ怪獣とはいえまだまだ仔猫だ。これから少しずつ大きくなっていくだろう。


「怪獣だから成長が早いとか……」

「怖いこと言わないでくれよ……」

 想像しただけでギアラが……。


 しかしさすがにそれは無いだろうと、アラトは内心高を括っていた。

 この前見たミーの母親らしき怪獣も、普通の猫くらいのサイズだったのだ。

 ミーが大人になっても大した大きさにはならない、はずだ。


 そういえばあの猫はあの後どうなったのだろう。

 討伐されたというニュースは見ていないが、解決したから取沙汰していない可能性もある。


 何よりアラトは普段ニュースを見ないので、見逃している可能性もある。

 無事でいてくれたらいいんだけど。


 しかし、アラトの期待と心配、そして慢心には、最悪の形で答えが出ることになる。

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