緊急家宅捜索

 インターホンのモニターを見ると、スーツを着た若い女性と、ヘルメットと作業服のようなゴツイ服を着た中年男性二人という奇妙な三人組がカメラの前に立っていた。


「はい、どちら様でしょう?」

『すみません、対怪獣自衛軍の者ですが、少々お話を伺っても?』


 真ん中のショートヘアの女性がにこやかに自己紹介をした。

 きれいなお姉さん、という感じだが、ややつり目がちな目元や佇まいに、なんとなく威圧感を覚える。


 対怪獣自衛軍? 

 なんてタイミングで来てくれたんだ! 

 まずい、と思いアラトが振り返ると、三人にも声は聞こえていたらしく、緊張を浮かべた顔でこちらを見ていた。


 三人はそのままゆっくりと立ち上がり、ジュンキはミーを抱えたまま家の奥へと音をたてないようにしながら歩きだし、ヒロは「こっちは任せろ」とばかりにうなずいた。

 リビングからアラトの部屋へと向かっていった三人を見送り、アラトは改めてインターホンの応対に戻った。


「はあ、何かあったんですか?」

『いえいえ、そういうわけではありません。簡単な調査にお付き合いいただければ大丈夫ですので。とりあえず、出てきていただいても?』


 まあ、少し話を聞くだけで帰ってもらえるなら大丈夫だろう。

 ここで出て行かないほうが不審だとアラトが玄関の扉を開けると、先ほどまでモニター越しに話していた女性がにこやかな笑顔を向けながら挨拶をし始めた。


「どうも、私対怪獣自衛軍の江口と申します。とりあえず、玄関先に上がらせていただいても?」

 何がかは分からない。


 が、なんだかゾッとするような笑顔だった。


 正直断りたかったが、良い言い訳が思いつかなかったので大人しく家の中に招き入れることにする。


 しかし妙なのは、彼女が連れている二人の男だ。

 作業服のようだと思っていた格好は、生できちんと見るとむしろ野戦服のようだった。


 こんな格好で、一体何をしに来たというのか。

 まさか、ミーの存在がバレて?


 いやいや、そんな馬鹿な。いや、もしかしたらもっと最悪な事態かも。

 広がった想像の内容に、アラトは自分で身震いしてしまう。

 どちらにせよ、絶対にバレるわけにはいかないが。


「おや、随分とたくさん靴があるんですね」

「はあ、学校の……友達が来ていますので」


 このマンションの玄関はそこまで広い訳ではないので、四人分の靴が置いてある状態で三人も立っていては足の踏み場もないのではないかと思う。

 というか、そんな半畳あるかどうかのスペースによく大人三人で収まっているものだ。


 それにしても、友達の部分で少しつっかえてしまう自分が情けない。

 だからといって知り合いでは不審だろうし。


「すみません、これではお話をするのにも手狭なので靴を脱いで上がらせていただいても?」

「ええ、良いですけど……」


 江口と名乗る女性は低めのヒールを脱いで一歩前に進み、タイツを履いた足を廊下につける。

 そして、手に持っていた端末を見た瞬間、何かをぽつりと呟いた。


「やっぱり、家の奥に行くほど反応が強い」

「へ?」


 その不審な言葉に、アラトが思わず聞き返した瞬間。江口とお供の男二人がリビング、そしてその奥へと向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっとあんたら、何を!?」

「すみません! 最悪の事態を回避するためですので!」


 なんなんだこの連中は!

 いきなり訪ねてきて、勝手に家に上がり込むなんて横暴、ただ事ではない。

 ずかずかと家に上がり、迷いなく奥へと進んだ対怪獣自衛軍の面々は、アラトの部屋の扉の前でピタリと止まった。


「どうやら、この部屋ですね」

 まずい、やはりミーを狙ってきていたのだ。


 それなら確かにその部屋で大当たりだが、そのまま入っていただくわけにはいかない。


「いや、待って……」

 三人が部屋に入るのを何とか防ごうとしたアラトを、二人の男の背が高い方が止める。


 普段から怪獣と戦うためにしっかり鍛えているのだろう、彼はアラトの腰に腕を回し、ひょいと持ち上げてしまった。

 足も地面につかない状態ではどうにも出来ず、子供のように手足をバタバタとさせるアラトを他所に、江口がドアノブに手をかけ、多少警戒した様子でゆっくりとドアを開けた。


 まずい、このままではミーの存在がバレる。

 ミーはどうなる? 殺処分か?

 怪獣を保護していたアラトも犯罪者だろうか?


 いや待て、ジュンキはどうなる?

 それに、ヒロも宇喜田も、今日たまたまここに居合わせただけだぞ。


 アラトが一瞬でこの後の考えられる最悪の事態を想像し、開かれた扉の中を江口の背中越しに覗き込んだ、その瞬間。


「……え?」

「……はうぁ!?」


 予想していたのと全く異なる自室の光景に、アラトは江口と同時に素っ頓狂な声を上げてしまった。待て待て、どういうことだ?

 どうして、ミーとヒロがいない?


 部屋の中ではジュンキと宇喜田が床に正座し、いきなりの来訪者を驚いたような表情で迎えていた。


「そんな、でも、反応は……」

 再び端末を見た江口は、信じられないといった様子で改めて部屋中を見回した。


 しかし、どれだけ探しても目当ての物は見つからなかったらしく、わなわなと体を震わせたかと思うと、後ろに控えていた男たちに厳しい口調で命令した。


「まだ反応は残っている! この家中を探せ!!」


 その瞬間、アラトは部屋の中へと放り出され、自称対怪獣自衛軍の三人による煙野家緊急家宅捜索が始まった。

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