怪獣見物

 二時間後。怪獣が出た。


 アラトが家に帰ってTシャツに着替え、平日は毎日家にやってくるジュンキを迎える準備をしていた。

 ジュンキは放課後に家までついて来るのではなく、一度家に帰りって着替えてからアラトの家に来るというのが、最近のパターンになっている。


 ミーは朝からアラトの部屋に閉じ込めている。

 弁当箱を流しで洗い、一息ついたところで小説を読んでいると、獣の雄たけびと大型の鳥の鳴き声の中間のような、重低音とに高音が混じった何とも言えない音が部屋中に響いた。


 慌てて窓に駆け寄って外を見ると、家から少し離れたところにあるマンションの隙間か大型の怪鳥がうごめいている様子が目に入る。


 避難が必要な距離ではないと判断したところで少し落ち着き、こんなところまであの音量で聞こえてくるとは、よっぽど声が大きいんだなと呑気なことを考え出す。

 そのままページをめくり、読書を再開しようとしたところで、アラトの手は止まった。

 

 怪獣の出現情報がニュースなどで報じられるときは、「犬の大怪獣」「猫の小怪獣」というように、元になったと思われる動物とその大きさのセットで呼ばれる。

 そのため、個体名というものは本来ないのだが、ネットユーザーの間での通称というものは存在している。


 皆がSNS上でハッシュタグをつけて名前を考え、一番拡散されたものがその怪獣の名前として認められる。

 とはいえ、公式名称などではなく、あくまであだ名のような物ではあるが。


 いつから始まった文化なのかは分からないが、アラトがSNSを始めたころには既に根付いており、同級生が考えた名前が採用されたのも見たことがあるほどだった。


 ちなみに、二週間前に出現した大怪獣の名前は、怪獣王の名前から取って「ラジゴ」になったらしい。


 ラジゴとか今までに十体くらい重複してそうだよなぁと思いながら、アラトは公園のベンチに腰をどっかと下ろした。

 緑に囲まれた大きめの公園は自宅から三百メートル程度怪獣に近い位置にあり、邪魔な建物も無いため怪獣の様子は見やすい。


 アラトは小さいころよくこの公園で遊んでいた記憶があるが、近くに子供の姿は無い。

 おそらく怪獣が出てきたので家に帰ったのだろう。

 アラト自身、怪獣が近くに出てきたら逃げましょうと幼いころは何度も言われていた。


 この公園から怪獣までの距離は大体八百メートルと少しか。

 大怪獣が被害を及ぼす範囲が半径一キロ程度と言われているので、十分怪獣に対して近いと言える距離だ。


 そんな危険なところに何故来てしまったのかと問われても、アラトには「なんとなく」としか答えることはできなかった。

 魅かれたのか、それとも嫌気がさしたのか。


 つい二時間前に宇喜田うるちに言われたことを思い出しながら、ぼんやりと怪獣の姿を眺めていた。

 それに、これだけ離れていれば基本的に危険はない。特に最近は。


 とりあえず怪獣がいなくなるまではジュンキもアラトの家に来ないだろう。

 出迎えの準備も出来ているので家で待っている必要は無い。


 怪獣を見物に来る必要も当然無いのだが。

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