喪われたものと、得たもの
それは悪意なんて欠片もない、ただの不慮の事故だった。
部活動に励んでいた女子野球部員の打球が、不運にも帰宅途中の生徒に当たってしまっただけのこと。
不運だったのが私だったのか、それとも女子野球部員の方だったのか。
それは定かではないけれども。
ケガ人は私一人だけ。
命に別状は無い。
でも当たり所が悪かった。
金属バットによって勢いよく打ち出された打球はピンポイントで私の右目に着弾し、眼球はその衝撃に耐えられなかった。
医師曰く、治る可能性は低いらしい。
断定こそしていなかったものの、言葉の濁し方を思い返すに、治らないと思ってしまっていいのだろう。
なんて痛ましい出来事だろうか。
中学に入学して一か月足らずの子供が、事故によって片目を失うだなんて。
そんな報せを受けたら誰だって少なからず心を痛めるに違いない。
しかし、当の本人である私はあまりショックを受けていなかった。
いつだって世の中はそういうものなのだろう。
知らないけど。
私の眼球は確かに壊された。
しかし、それは片方だけだ。
左目はノーダメージであり、私は視力を完全に失ったわけではない。
突然に全盲になってしまったのであれば、私はもっとショックを受けていただろう。
自殺が心を過っていた可能性も否定できない。
しかし結果は半盲だ。
0と1は言わずもがな、0と0.5だって大きな違いだ。
少なくとも今の私は、慰謝料の金額を考えるだけで心が弾んでしまう有様なのである。
そう、慰謝料だ。
例え事故であっても。
悪意が微塵もなくても。
被害者である私は喪った右目の補填を受け取る権利を持っている。
今回の私の右目が失われた事故。
右目を直接潰したのは女子生徒の打球であったものの、責任は学校側にあると決定付けられた。
そもそも、打球が帰宅中の生徒に当たる環境がおかしいのだと。
一介の女子中学生に打球をコントロールする技術なんてあるわけない。
ましてや、彼女はただ部活に励んでいただけなのだから、打者に責任が無いことは誰もが納得するだろう。
悪いのは事故の起こりえない環境を整えないままに野球部の活動をさせていた顧問、及び学校。
今まで事故が起こらなかったという事実に甘えてきた学校のツケを、二人の女子生徒が支払わされたということだ。
女子中学生が片目を失うような不祥事は誰だって大事にはしたくない。
したがって、私には口止め料を含んだ多額の慰謝料が入ってくることになった。
一介の女子中学生では到底無理な、社会人だって簡単には手の届かない金額だ。
まだ私の将来がどうなるかはわからない。
失われた分の視力は確実に不利に働くし、時間をかけて整形外科に通っても傷跡がどこまで修復されるかも未知だ。
それでも結果的にはプラスで終わったと思えてしまう私は、もしかしたら金の亡者に類されるような人間なのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます