【本橋 荊/『真っ白な炎』・4】

「わ、わかってくれたか? だからさ、もう今日はこれくらいでおしまいってことで……」とチャッスは媚びたように笑う。

「もう、話はこれくらいにしよか」

 再び睨み付けると、チャッスは媚びた笑顔のまま硬直した。

「あ、ひ」

 腰が抜けたのか、壁に寄りかかったまま、出口へと必死に向かう。

 あんよがじょーず、ってか。

「引導渡したるわ」

 チャッスの襟首を掴み、拳を振りあげる。

 と。

「もう終わりよ、本橋さん」

 その声に、私は振り返る。

 委員長が無表情のまま立っていた。

 彼女はチャッスを一瞥する。

 チャッスの瞼は腫れ、切れた唇からは血が流れている。

 今まで、気づきもしなかった。

「思った以上に危険ね、本橋さん。それは穢い暴力に過ぎないわ」

「綺麗も穢いもない」

 私はチャッスを放り出し、委員長に向かって駆ける。

 が、委員長に素早く身を躱され、後ろ手に関節を取られた。

 一瞬。

「わかっているの? 私が本気になれば、腕を折ることだってできるわ」

「……」

 委員長の声は淡々としていた。

 抵抗したら、次の瞬間、本当に腕いかれるわ。

 今まで、私に対して本気で闘おうという人間と出会ったことがなかった。

 暴力はよくないと、いさめるだけで。

 そもそも、暴力沙汰に慣れた人間自体がごくわずかなのだ。

 だが、委員長は違う。

 武道の類いではない、躊躇いのない力を持っていた。

「力の使い方を学びなさい。この世界を生きていくのに必要なのは尖った暴力なんかじゃない。もっと、澄み切った力」

「離せ」

「はい」

 と、委員長は私の言う通り力を緩めた。

「え?」

 呆気にとられる。

 が、そんな暇はない。

 逃げるなら今しかない。

 私は背を向けて駆け出す。

「ここで、ずっと待ってるから」

 一瞬、足が止まる。

 待ってる?

 私を?

 これは情けだろうか。

「貴方ならきっと、私の考えがわかるはず」

 考え?

 高めるとか、高めあうとか。

 なんやろ。

 気に食わん。

 綺麗事を並べているやつに歯が立たないことが、フラストレーションに拍車をかけていた。

「何やってんだよ、委員長! なんで逃がすんだよ」

 チャッスの激しい剣幕に、委員長のポワっとした呟きが聞こえた。

「好きだから、かしら?」

 ……ここは百合の園?

 いや、そんなつまらん冗談。


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