【桃田 直美/『本橋さん、荊ちゃん』・2】

 一週間がたった。『力の園』の日だ。

 荊ちゃんは今夜、来るだろうか?

 ひたすら同じ疑問が頭でループし続け、授業もろくに頭に入らなかった。

 あの翌日、荊ちゃんの髪は白くなっていた。

 その前の晩、無理矢理、寮長に染めさせられたんだろう。

 逆らう生気がなくなっていくのだ。

 この異常性が日常になったとき、あたしたちは秋桜の言いなりになっているのだ。

 でも、荊ちゃんは何を考えているのかわからなかった。

 あっという間に放課後になる。ホームルームが終わろうとしていた。

 木田先生がいつもするように、教壇の上でトントン、と書類を整えた後、一呼吸する。

「今日はこれまで。文化祭の準備は一七時までです。では、号令を」

「起立。気をつけ。礼」

 委員長の声で、全員が立ち上がり、同じ角度で礼をする。

 後ろの席だからわからないけど、荊ちゃんもそうしたんだろうか?

 彼女は賢いから、不要に目をつけられること嫌って、そこは従っているかもしれない。

 それとも、強い意志で反抗し続けているかも……。

「畑さん。準備室に来てください」

 木田先生が言うと、畑さんが立ち上がり、先生の後を追って退室した。先生が出て行った後しばらく、扉に向かって全員が頭を下げていた。

 あたしはすぐに看板作成に手をつけ始める。秋元メルのせいで赤いペンキが全体に散ってしまっている。

 憎くて仕方ないが、昨日とは少し気持ちが違った。荊ちゃんから勇気をもらった。

 この赤い部分もうまく使えるかもしれない、とさえ思う。

 その間、あたしは荊ちゃんの方を盗み見続けていた。

 意外なことに、真っ先に荊ちゃんに話しかけていたのはチャッスだった。

 なんでチャッスが荊ちゃんに?

『力の園』で一瞬顔を合わせただけで、友達ヅラしてるの?

 チャッスは畑さんの席を振り返り、下卑た笑みを浮かべた。

「あいつ、絶対木田とやってんな」

「やっとる?」

 荊ちゃんは意味を知ってか知らずか、オウム返しに尋ねる。

「やるったらあれしかないだろ、セックスセックス! 体売ってんだよ!」

 あんな大声で「セックス」なんて言えるのが理解できない。

 秋元メルの金魚の糞。その中でも、ヒエラルキー最下位。

 委員長が、荊ちゃんとチャッスに口を挟む。

「そもそも秋桜来たのも、教師相手の売春だってよ!」

「根も葉もない噂でしかないのよ。気にしないで、本橋さん……」

 チャッスは委員長の言葉を遮り、「いつもテストも上位だし。絶対、決まりだって」とくすくすと笑った。

 何がそんなにおかしいのだろう。畑さんとは『力の園』で顔を合わせるけど、個人的に話したことはほとんどない。

 秋元メルのことで頭がいっぱいで、畑さんがどうであろうと興味が持てなかった。

 もっとも、今は荊ちゃんのことばかりが頭を回っているけれど。

 あたしの人生ではありえなかった、幸福な時間。

「別に好きにしたらええんちゃう」

 荊ちゃんが吐き捨てる。

 あたしと同じ意見!

 おなかの底がじんわり温かくなる。

 荊ちゃんは、他人をとやかく言うような人間じゃない。

「ケンカ売ってんのかよ? 今日はうちとやるか?」

 チャッスが荊ちゃんを睨み付けた。

 勝ち目ないよ、やめといた方がいいんじゃない?

「このクラスは商売繁盛やな。ケンカに体に、完売御礼」

 さすが関西人。ギャグセンスも高い。

 ニヤニヤが止まらなくなりそうになるが、かみ殺す。

 荊ちゃんはチャッスではなく、委員長を見ていた。チャッスは眼中にないのだろう。

 委員長は、荊ちゃんを見てうっとりとした顔つきをする。

 力の園で見せる表情。

 クラスでこの顔をするのは珍しい。

「貴方は私と同じなのよ」

 胸がズキッとする。委員長は、荊ちゃんに興味津々のようだ。

「強さを求めている。独りで生きる、確かな力を」

「……アホちゃう」

 荊ちゃんはため息をつく。

 委員長と荊ちゃんは、あの後何を話したのだろうか?

 わからないが、委員長が荊ちゃんを見る目は、ある意味あたしに似ていた。

 彼女に強い興味を持ち、惹かれている。

 疼くような嫉妬心。委員長は美人だし、魅力的な人なのはあたしにもわかる。

 勝ち目なんか、ない。

 あたしと委員長、どっちと仲良くなりたいか聞くまでもない……けど。

 でも、ここだけは譲りたくない。

 咳払いをしてみる。こんなことしかできない自分が情けない。

 止めに入る勇気がない。せいぜい、あたしの喉の調子が悪いのかな、と思う程度だろう。

 委員長が荊ちゃんを『園』に誘ったのは明らかだ。

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