【本橋 荊/『力の園』・2】

 ――と同時に、委員長は地を蹴った。

 私との距離を一気に詰める。

 息をのむ。

 異常な瞬発。

 残像の中の委員長は、恐ろしいほど美しい笑顔を湛えていた。

 て、んな場合やない。

 絡まった思考を千切って払う。

「っ」

 私の胸を狙った一撃。

 すんでの所で受ける。

 委員長は引くかと思いきや、拳をそのまま私に押しつけてきた。

 押し合いになる。

 引くだろうという一瞬の思い込みのせいで、予想より差し込まれた。

 このままやと、やられる。

「はぁっ!」

「!」

 咄嗟に、委員長の頬に拳を振るってしまう。

 血の気が引いた。

 当たり前のように、息をするように反撃をしてしまったことに自ら驚く。

 あかん。

 私は暴力に染められたぁる。

 自身を蝕み、滅ぼす力。

「やっぱり」

 委員長の無邪気な笑み。

 教室の取り澄ました様子からは想像もできなかった。

 とても殴られた人間の表情ではない。

 おもちゃを買い与えられた子ども?

 いんや。

 岩をひっくり返し、奇怪な虫がうじゃうじゃと蠢いていたときの歪んだ悦び。

 ――やっぱり、私の思い通り。

 そう言いたげに微笑む。

「委員長! 大丈夫かよ?」

 秋元メルの取り巻きの一人が、委員長に駆け寄る。

 こいつはなんや、誰も彼もに尻尾を振って。

「余計な真似はしないで、巻山さん」

 取り巻きの巻山。明日にはもう忘れてそうや。

 委員長は巻山を冷たく制する。

「え、でも」

「私は、本橋さんと二人きりで話がしたいの。貴方たちは出て行ってくれる?」

 委員長が、場に集まっていたクラスメイトに告げる。

 私は彼女を強く睨み付けた。

「私は説明せい言うてるだけや。それとも、今のが説明か?」

「おい、転校生! 調子に乗ると……」と、巻山が私につっかかる。

 秋元メルだけではなく、委員長にもすり寄るんか。

 長いものにはとりあえず巻かれ、あらゆる虎の威を借るどうしようもないクズ。

 すると、すぐに山田天使が割って入った。

「委員長は一度言い出すときかないもん。はいはい、いきましょいきましょー」

 天使に宥められ、不服そうにしながらも従う巻山。

「……これからもよろしくね、荊ちゃん?」

 天使は赤い丸ほっぺで微笑みかけ、退場する。

 一瞬、教室でのことを思い出す。山田天使に見つめられた途端、おかしな空想世界につれていかれて……。

 いや、今は山田天使はどうでもええ。

 委員長以外の全員が出ていくと、彼女は私に近づく。

「暴力事件で転校してきたというのは本当のようね?」

 委員長が、痛みを確かめるように頬を撫でる。

 白く滑らかな肌が、私の殴打によって赤らんでいた。

 息のかかる距離。

 一瞬たじろぐ。

「逃げないで」

 委員長は私の手を取る。踊るような声。

 動きは遅いのに、躱せない。

 私は、怪訝そうな表情を浮かべているのだろうか。委員長は得意げに語る。

「呼吸を読んでいるから。動くタイミングがわかってしまうの」

 息をつくリズムをじっと観察しているのか。

 意識すると呼吸が乱れる。

 その乱れすら、読まれてしまう?

 委員長は私の手の甲を、彼女の赤くなった顔に当てた。

「顔は駄目よ。この時間を、大人たちに悟られてしまうから」

「……」

 唾を飲む。喉をうまく通らない。

 隠微な笑み。紅潮した顔。

 熱気うずまく、発情した生き物。

 同性に感じたことのない官能があった。

「あんた……っ!」

 私が言いかけたところで、世界がぐるん、と回る。

 違う。回ったのは私だ。

 一瞬にして委員長に脚を払われ、床に倒れていた。

 委員長は私に馬乗りになる。

「それじゃあ、ここで何をやっていたか、説明してあげるわ」

 腕に鋭い痛み。

 委員長が私の腕を、わざと爪を立てるように掴んでいた。

 血が滲む。まだ、血は白くない。

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