第53話 積極的な夏

「凄い奇麗。大神、誘ってくれてありがとう」


 季三月は、膝を抱えて座っている俺の足にそっと手を乗せて微笑みかける。


 彼女の手の柔らかさと可愛らしい仕草。


 花火に集中出来ねえ、暑いのに心拍数が上がり余計暑くなった俺は逃げるように立ち上がり、寄りかかっていた二人は支えを失い内側に手を着いた。


 山根は「どうしたの?」と少し驚いて俺を見上げた。


 俺は二人に言った。


「あ、暑くね? かき氷買って来てやるよ」


 俺は自分をクールダウンさせる為に屋台エリアに脱出した。



 かき氷屋台は混んでいた、これだけ暑苦しければしょうが無い。俺は行列に並んてスマホを眺めた。


 スマホの画面に花火が映り込む、何やってんだ俺、これでは風情も何も感じ無い。画面を見ないで上を見ろってんだ。


 SNSにメッセージのマークが付いている、俺はマークを押してそれを確認しに行く。


 中倉だ。


『俺も行きたかった!(泣)アイツら浴衣か?』


 後で二人の浴衣写真を送ってやるか……。でもそんな事をしたらナマで見たかったと余計落ち込むかもな。


 今日の二人は俺との距離が近い気がして落ち着かない。


 しかも季三月が、なんかこう……いつもと違って積極的っていうか。


 気にし過ぎか? 浴衣の美少女にのぼせたみたいだ。


 屋台でかき氷を三つ受け取った俺は直ぐに彼女たちの元へ戻る、暗闇に浴衣だらけの人影。


 わかんねえ、あいつら何処だよ?


 暗くて目印代わりの灰色頭も見えない。


 俺は季三月に電話で手を振ってくれと伝えると、右前方の結構離れた所で座って手を振る二人が見えた。


「ゴメン、見失った」


 俺は二人にかき氷を手渡し、シートの端に座ろうと腰を下ろすと山根はシートの真ん中に隙間を開けて、そこを手のひらでポンポンと叩いた。


 山根は言った。


「大神、背もたれ代わりだから真ん中ね」


 逃げ出した甲斐はなく、また二人の間に座らされる俺。



 一時間の宴はフィナーレを迎え、夜空を昼間のような火花で埋め尽くし、儚く散ると観客から歓声と拍手が起こった。


 ザワザワと余韻が収まらない、空に火薬の煙が風に流れ、耳鳴りが微かに聞こえる。


 周りにいた観客たちは一斉に立ち上がり歩き出し、辺りが人でごった返す。


 俺たちもゆっくりと立ち上がり、季三月はレジャーシートを畳んでいる。


「大神、写真撮ろうよ」


 山根がスマホを帯の間から取り出して言った。


「私も撮りたい!」


 季三月もトコトコと近づいてスマホをいじる。


 暗闇でかわるがわる写真を撮り合う俺たち、背景が真っ暗で浴衣で無ければ意味不明な写真。


 俺は可愛く撮れた季三月と山根の二人が写った写真を中倉に送った。


 速攻で返信して来た中倉は、「羨ましすぎるぞ!」というメッセージとガックリした絵を送ってきた。


 駅に俺たちは向かう、人多過ぎだろこれ! 電車に乗る前から満員電車の中に居るみたいだ。


 はぐれそうだ、季三月と山根は俺の腕にギュッとしがみついて来た。


 山根が酷い込み具合に悲鳴を上げて言った。


「ちょっと避難しようよ」


 俺達は青い看板のコンビニの正面に埋め込まれている車両突入防止柵の太いパイプを椅子代わりにして三人並んで座って人混みをやり過ごす。


 はぁ、とため息を付いた季三月は俺の腕を掴んだまま安堵の表情を浮かべながら言った。


「はぐれちゃうかと思ったよ」


「そんだけ掴まってれば大丈夫だろ?」


「えっ?」


 季三月は焦って俺から手を放して顔を赤らめる。


 山根は俺と腕を組んだまま「お菓子食べたーい」とコンビニ内に引っ張って行く。


「ちょっと待ってよ!」


 季三月が俺の手を握る。


「あれぇ? 季三ちゃん、手なんか繋いで積極的!」


 山根が季三月を茶化した。


「ち、ち、違う!」


 否定する割に、手を放さない季三月。


 今日の二人は何かおかしい……でも、最高に楽しくて俺は夏休みが永遠に続いて欲しいと思った。

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