9:俺の、敵と呼ばれていた男
俺はそんなつもりで話しかけたかったわけじゃない。
お前みたいなハイエナ女と一緒にすんな。
………なんて。
上下ジャージで瓶底メガネを装備した寝不足の勇者に、そんなツッコミを入れられるわけもなく。
俺はやっぱこれが栞だよなぁと、女子に囲まれた時とはまた違った怖さを感じていた。
「向こうも、そんなにこっちと仲良くなりたそうでもなかったしね。別にもういいのよ」
「ふーん」
そう言った栞の言葉に、俺は瞬間的にアイツの栞やそのほかの女子へ見せていた、あの困ったような愛想笑いを思い出した。
やっぱり、栞は気付いていたようだ。
あれがアイツの本気の表情ではないと言う事に。
「でもさ、一がね。唯一、自分から話に乗ってきてくれた話題もあったんだよ」
「へぇ、どんな?」
へぇ。
そっか、アイツも何か特別な話題だと話に乗ってくれたりするんだ。
「どんな話題だと思う?」
「わかんね」
俺が本気で何なのか分からず考え込んでいると、栞は耐えきれないようにクツクツと口を押さえて笑い始めた。
何だ、栞のヤツ。
「おい、栞。なんだよ」
「あんたの……善の話」
「………は?」
「あのね、私が善の話をする時だけは、けっこう盛り上がってくれたんだー」
「……っは!?」
何だ、それ?
つか、何だ栞。
お前は俺の何について話したんだ。
「おい、一応聞くが、一体、俺の何を話したんだ?」
「あはっ、丁度いいし、一本人に聞いてみれば?」
「本人って何だよ!」
「本人は本人よ。さっき、さっき私のとこにメール来てたし、焦ってもうすぐコッチに来るんじゃないかなぁ」
「ちょっ!栞!お前、何をどうしたんだよ!?」
俺が一人焦っていると、栞はグシャグシャになった進路調査のプリントを持ったまま、俺にむかって背中を向けた。
俺の質問に答えるつもりは毛頭ないらしい。
「おいっ!栞!」
「っあ、そうだ」
そして、思い出したようにもう一度俺の方を振り返ると楽しそうに笑いながら俺に向かって口を開いた。
「一もね、あんたと話しがしてみたいって、ずっと言ってたよ。良かったねぇ。両思いで。この際だから、二人仲良くなってみれば?」
「はぁ?」
俺が本格的にわけがわからないと栞の背中に手を伸ばした時だった。
「さっ、坂本くん!」
背後から突然、俺の名前を呼ぶ、聞き慣れない声が俺の耳に届いた。
「じゃーね、善」
「って、おい!」
栞は無情にもヒラヒラと手を振り、家の中へと入って行く。
そんな栞の背中に向かって、俺は、ただ意味がわからず茫然とする事しかできなかった。
え、何。
一体、今、俺は何がどうなっている。
茫然とたたずむ俺の傍。
そこには、今まで教室でしかまともに見た事がなかった、あのカリスマ転校生が居る。
しかも、俺の腕をガッシリ掴んで。
精霊与えられた、特別なヤツの顔。
その顔は、今現在、俺に向かって後悔やら、悲しさやら、苦痛やらが入り混じったような、なんとも形容し難い顔をしていた。
俺とアイツ。
アイツ、池田 一。
今ここには、教室で与えられる俺達の、勝手に決められた関係性はない。
俺と……そうだな、池田くんは今初めて他人が作った関係とゆう籠の外に居るのだ。
「っ坂本くん!」
「はい!」
俺は眉を寄せて、息を切らす池田くんを見ながら、相手につられて思わず大きな声で返事をしていた。
えっと、何故、池田くんはこんなに苦しそうなのだろう。
はぁ、はぁ。
そう、小さく息を切らしながら、どうにか言葉を紡ぎだそうとする池田くんを俺は静かに待った。
ここには空気の読めない体育教師は居ない。
だから、俺は待つ。
池田くんが話してくれるのを。
「坂本くん……誤解、なんだ。俺と栞は付き合ってないし、俺は付き合うつもりもない」
「うん」
「俺、知らなかったんだ。栞と坂本くんが付き合ってたなんて。なのに、俺、そんな事も知らないで、栞と無神経に仲良くして」
「うん」
「さっき、クラスの女の子たちから聞いたんだ。俺が転校してきてから、二人は別れたんだって。でも、俺、そういうの全然知らなくて……坂本くんは男子に人気あるし、ずっと喋ってみたいと思ってたんだけど、なんとなく、俺は男子からは嫌われてるのに気付いていたし、どうしても話しかけづらくて。そしたら栞が坂本くんの話しをいろいろ教えてくれて、やっぱり仲良くなりたいと思ったんだけど………」
眉間に皺をよせながら、どこか苦しそうに言葉を紡ぐ池田くん。
そんな池田くんの顔に、こんな顔もするのかぁと、どこか妙に冷静な頭で池田くんの話に頷いていた。
その間も、俺の腕はがっしりと池田くんに掴まれたままだった。
「他の女の子達からは、何でか、あんまり坂本くんには近付かない方がいいよとか言われるし。そんな事言われて、やっぱり俺、どうしていいかわからなくて。でも、俺とは違って、坂本くんは俺に挨拶してくれたり、目が合ったら頭下げてくれたり。スゲェよくしてくれたのに。えっと、挨拶してくれた時も、かなり嬉しかったんだ。なのに俺は……本当に無神経な事ばっかして……ごめん。マジで俺、要領悪くて」
なんとなく、勢いで話してくれているんだろうな、と言う感じを俺は池田くんの声を聞きながらひしひしと感じていた。
その時、俺が感じていたのは目の前で、本当に申し訳なさそうに俺を見つめる池田くんが、やはり神がかったカッコよさを持っているなぁと言う事だけだった。
そして、やっぱり池田くんはいいヤツなんだろうなぁと思った。
「池田くん」
「っな、何だ……?」
不安そうに俺を見てくる池田くんに俺は、なんとも間抜けな事を聞いていた。
「俺達って、えっと……仲、悪くないよな?」
「……っ!」
思わず放っていた、少しばかり不安そうな俺の言葉に、
池田くんは一瞬大きく目を見開くと、いつもみたいに笑って頷いてくれた。
「うん。ぜんぜん。俺達は、仲、悪くない」
あぁ。
誰だよ、俺達が仲悪いなんて言ったヤツ。
俺達、仲いいじゃんか。
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