3:仲間入り
「なぁ、アイツ調子に乗ってると思わね?」
「へ?」
俺は突然俺の肩にもたれかかって耳打ちしてくるクラスメイトに意味がわからず首をかしげた。
調子に乗ってる?
「誰が?」
俺がポカンとした表情で、話しかけてきたクラスメイトを見上げると、相手は「バッカ、アイツに決まってんだろ?お前も今、見てたじゃねぇか」と言いながらヤツを……いや、池田 一を指差した。
「いや、俺まだ1回もアイツと話した事ねぇから」
俺はハッキリとクラスメイトに言ってのけ、もう一度ヤツを見てみた。
そこには、いつものように女子に囲まれ質問攻めに合いながらも、それに律儀にも一つ一つ答えているヤツが居た。
「(………そういや、本当に、俺)」
現在、ヤツが転校してきて3日目。
俺は未だにヤツと一言も言葉を交わせずに居た。
リアルに、一言も、だ。
この3日間、クラスメイトとして「おはよう」と挨拶を交わす事すらできなかった。
俺がヤツと話してみたいと思い、近付こうと試みても、周りには女子と言う鉄壁のバリアーが存在しており、どうにも上手く近づけないのだ。
女子も少しはヤツを離してやればいいものを。
きっと、女子はあぁして互いに互いを牽制しながら、皆、一律の池田 一共同戦線を張っているのだ。
誰か抜け駆けしないように、隙あらば自分が他の女子よりも一歩リードできるように。
現在、女子の中では冷戦が起こっている。
池田 一の“特別な女子”になるために。
奴らは、笑顔の下で必死に闘っているのだ。
これぞ、まさしく冷たい戦争。
と、俺は女子がヤツに群がる様子を見て、勝手に妄想力を働かせている。
まぁ、実際そんな恐ろしい冷戦が勃発しているのかどうなのかは別として、だ。
とりあえず女子の猛襲のせいで、ヤツは男子とは全くと言っていいほど話が出来ない状態にあった。
故に、俺は未だにヤツと一言も言葉を交わせず、自分の席からチラリチラリと視線を向ける事しかできていないでいた。
「(まだ一言も、アイツと話した事ねぇんだ………同じクラスなのに)」
俺は改めて自分と、あの転校生の距離感の遠さを思い知り、もったいない気分になってしまった。
俺とアイツは、まだ“クラスメイト”と呼ぶ事すらできない程、うっすらした頼りない関係なのだ。
そう、だからわかるわけがない。
ヤツが調子に乗っているとか、なんとか。
だって俺はまだヤツと一言も挨拶すら交わした事がないのだから。
俺がそんな事を思いながらジッとヤツを見ていると、クラスメイトは何か企むような目でニヤニヤと笑いながら俺の目の前に立ってきた。
え、何。何だよ。
「またまたぁ!とぼけんなっての!善、お前さぁ、いっつもアイツの事睨んでんじゃん!まぁ、今までのお前のポジションを考えれば気持ちもわかるけどな!」
「え、俺別に睨んでは……」
「遠慮すんなっての!男同士、そこら辺はよぉく気持ちがわかるからよ!」
そう言うと、クラスメイトは俺の背中をバンバン叩いて笑ってきた。
そして、それを見ていた他の男共も何故だか俺達の周りにワラワラと集まって来た。
え、え。何、この集団。
「善―!これでお前も俺達の仲間入りだなぁ!」
「大歓迎、大歓迎!」
「俺もさぁ、アイツ、ちょっと調子に乗ってるって思ってたんだよなぁ!」
「そうそう、マジで女子としか話さないしよぉ」
「しかも、アイツ。ぜってー、俺らも女子の奴らも見下してみてんぜ、絶対」
「あー、マジわかる。アイツの笑顔ウソ臭ぇんだよな!」
え、え、え……?
俺はいつの間にか輪の中心に居て、周りの男共がヤイヤイと好き勝手に交わす言葉に混乱していた。
これは、一体どう言う状況だ。
俺はまだヤツとは一度も話した事がないからわからないが、ヤツは俺達の事を見下しているのだろうか。
今、女子達に向けているあの笑顔も、ウソ臭い笑顔なのだろうか。
否。
授業中とかたまにアイツが視界に入ってくるから俺はちょっとだけヤツを観察しているのだが、アイツは人を馬鹿にしたような態度はとっていないと思う。
授業も真剣に聞いてるし、教科書が届いていないのか隣の女子に借りて見ている時は、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
それに、あの笑顔も俺はウソ臭いとは思わない。
普通に奇麗な笑顔だなぁと、俺は思うのだが。
でも、確かに今女子に向けてる笑顔は、授業中にとっさに先生の言った一言で笑った時の笑い方とは違う気がする。
やっぱり、女子には少しは気を使っているんだろう。
まぁ、転校してきたばっかだし、当たり前か。
俺が一人周りの男どもについて行けず、ボケッとそんな事を考えているとまたクラスメイトに背中をバンバン叩かれた。
「とりあえず、俺らはお前と同じ気持ちだからさ!」
「気にすんなよ、善!」
「………う、うん。ありがと」
何を気にするのかはわからないが、とりあえず礼だけ言っておいた。
そんな俺を、また周りの男共は楽しそうに笑いかけてくれたが、俺は何故かモヤモヤが止まらなかった。
そして、そんな男共に囲まれて苦笑いする俺を、女子軍団の隙間からヤツが見ていた事に、俺は全く気付いていなかった。
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