第87話


 レオンの仮説が正しければ‥

 さっきより時代が進んだ今に飛んだのは、ここでも魔女の母と接触する為‥。

 つまり先程同様に、近くに魔女の母がいるのかもしれない。会えばまた、次の段階に飛ばされてしまう‥。


「ーーー魔女狩りを‥どうするかは決められないけど、どちらにしても何故魔女狩りが行われることになったのかを調べないと」


 そう言葉を落とした後に、レオンの刺さるような視線を感じて思わず目を合わせた。


 宝石のような瞳。きっと決断ができていない腑抜けな私に愛想を尽かせているのかもしれない。


「‥皇女様、機会を逃したら何も変えられません。今のうちからしっかり覚悟を決めて下さい」


 レオンだって、少し前まで私を攫いたいとか言ってたじゃない‥。なのに自分ひとりだけ先に進んでる。

 たぶんレオンは魔女から2人で逃げ続けずに、過去に飛ぶと決めた時点で覚悟を決めたんだと思う。


 私が簡単に決断できるよう、敢えて私を突き放そうとしてるレオンを見てグッと目の奥が熱くなる。

 ーープチン、と何かが頭の奥で弾けた気がした。


「なによ!仕方ないじゃない!!私は貴方に居なくなってほしくないんだから!!!」


 少し前までは認めたくなかったこの想い。

レオンが猫だったという事実も相まって、否定しようとした恋心。


 だけどもう、そんなのどうでもいい。

いま足掻かないとレオンに伝わらない。レオンのことを知っていくうちに、レオンを信用して良い人間だと思った。環境がレオンを猫にさせたんだと思えた。


 それに、もしもまた裏切られたって全然いい。


「消えちゃうくらいなら、敵でもいいから!!!近くにいてよ馬鹿!!!」


 気付いたらわんわん泣いていた。魔女に体を解放されてから一体何度涙を流したんだろう。過去にきてまでこうして泣くとは思わなかった。


 もう自分の気持ちに素直になりたい。もう解放させたい。全部全部取っ払って、使命とか全部放り出して、自由になりたい。


「一緒にいでよぉ、私のごど、好ぎ、なんでしょ?」


 ひぐひぐと嗚咽が煩い。涙も鼻水もダダ漏れだ。なんて汚い泣き方なんだろう。


 幼い頃から求められる皇女像であろうと意識して‥魔女の母から解放されてからも、何度も何度も折れそうになった心を何とかここまで繋いできた。“正しくありたい”と、葛藤に塗れながら生きてきた。


 でも、もうそんなのどうでもいい。


「っ‥」


 レオンは口を開いて何かを言おうとしたけど、声が出せずにまた口を閉じた。突然壊れた私を見て引いてるかしら。


 流れ続ける涙を拭って、キッとレオンを睨みつけた。


「レオンの言ってること、正しいよ!確かに懐柔する時間なんて無いし、そんな虫のいい話ないと思うよ!でも!‥レオンがいなくなるのは嫌なの!!!」


「ーーーーー‥‥皇帝陛下や、ロジェ様のために、頑張ってきたんじゃないですか」


 レオンが絞るような声でそう言った。泣き出しそうな、苦しそうな表情だ。


「そうよ!!お父様のことも、ロジェのことも助けたいわよ!!でも、レオンがいなくなるのも絶対嫌なの!!」


 うわぁんと声をあげる勢いだ。レオンとバートン卿がオロオロしながら「声を抑えて下さい」とかなんとか言っているけど、そんなこと構ってられない。


「ちょっと、なんだい。またあんたたちか。“皇女様”が赤ん坊みたいに泣いてるじゃないか!不甲斐ない男たちだねぇ」


 ーーこの街は至る所に背の高い塀があって、私たちは人目につかない塀の影に姿を隠していた‥のだけど、魔女の母がひょいっと私の目の前に現れた。


 もちろん魔女の母の後ろの方でレオンとバートン卿が「ああ~」っと軽く落胆しているのは言うまでもない。このトリップの鍵である魔女の母と会ったということは、またすぐにどこかへ飛ばされてしまうということ‥。


 そんな私たちの心情は露知らず、魔女の母は優しく微笑むなり私の頭をポンポン、と撫でた。


「‥あのあと、あんたたちのことは信じたんだ。だって目の前で3人とも消えちまっただろ?そんな魔法、誰かに授けたこともないんだ。だから未来から来たって信じることにした」


 魔女の母はそう言って、ニィっと口角を上げている。


 私はなんだか無性に魔女の母に縋りつきたくなった。魔女の母だって困るに決まっているのに、彼女の笑顔を見ると何でも受け入れてくれそうな気がしてしまう。


「フ、フェリシテ様ぁ‥‥」


 控えめにその名を呼ぶと、魔女の母はくすくすと笑いながら私の背を撫でてくれた。


「なぁ、何故そんなに泣いてるんだ。悲しい未来を変えたくて頑張ってるんだろう?」


 魔女の母は‥フェリシテ様は、こんなにも優しく声を掛けてくれる人なんだ。突然現れた私たちを信じて受け入れて、背中を撫でてくれる温かい人なんだ。


 そんなフェリシテ様が、未来では復讐の為だけに生きている‥。その苦しい未来を変えたくてここにきたのに‥。


「‥‥そこにいるレオン‥が、未来ではフェリシテ様の手下なんですけど」


「て、手下じゃありません!」


 私はレオンの言葉を無視してフェリシテ様に訴え続けた。


「ーー魔女狩りを無くしたいけど、そうするとレオンがこの世界に生まれないんです」


 突然こんなことを言われたって意味がわからないに決まってる。それでもフェリシテ様は真剣に私の話を聞いてくれていた。


「‥魔女狩りが行われたからこそ生まれ落ちた命が沢山あった‥‥ってことかい?‥‥そうか。好いた男を取るか、世界を取るか‥といったところなんだね。そりゃ悲しくて泣くよなぁ」


 小さく温かな手のひらは、いつまでも私の背中を撫で続けていた。おかげで嗚咽は止まってくれそうにない。


 どうすれば‥どの道を選べば、レオンのことも、お父様やロジェのことも、フェリシテ様のこの温かさも‥失わずに済むんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る