第60話
公爵邸に行ったあの日から数日が経った。
きっと今ごろ王宮はかなり慌ただしいのだと思う。
この数日の間に王宮から使者が何度かやって来て、私はその都度暗殺者に襲われた時の状況を説明した。
この前のロジェの様子だと、ロジェはたぶんお義母様に罪を償ってもらうことに反対はしないと思うけど‥お父様は一体どう思っているんだろう。
未だにお父様とは会えていないままだから、お父様の考えが分からなくて不安になる。
“お前のせいで皇后が塔に幽閉された”と思っているかもしれない。‥いや、私が知ってるお父様はそんなことを言う人ではなかったけど、なんせ私たち親子がまともに会話できたのはもう随分前のこと。
私が狂ったことによるお父様の悲しみを、もしかしたらお義母様が癒していたのかもしれない。
ーーお義母様に命を狙われるほどに嫌われていたということはもう自分の中で受け止めて割り切ることができたけど‥この件がきっかけでお父様に嫌われてしまったらどうしようかと思ってしまう。
私が魔女に体を乗っ取られていたことをお義母様が知っているのかはわからないけど、明らかに様子がおかしかった当時の私を見て“生かしておけない”と思ったと証言すれば、正直国民の大多数の人々がお義母様を支持すると思う。
お父様もきっとそのような理由だと捉えるはず。そうなればお義母様は直ぐに王宮に戻ってくるでしょう。
‥きっとそうなったら‥‥もう暗殺を狙われなかったとしても、今よりももっと王宮と私との距離が開く。
いまの王宮の慌ただしさが静まった頃、公爵はお父様と私を会わせてくれると言っていたけど‥お父様は私に会ってくれるのかな‥。
「ご気分が優れないのですか‥?」
ここは離宮のテラスだった。近くにいたバートン卿が心配そうに首を傾げてる。
護衛の3人に常に近くに居てもらうと、なかなかに圧迫感がある。交代して休んでもらいたいという思いもあって、その日ごとに私のすぐ近くに控えてもらう護衛は変わる。そのルーティンの中には時折レオンもいるけど、今日の側近はバートン卿。
「‥いえ、少し考え事をしていました」
「そうでしたか」
バートン卿は物静かで、とても血も涙もないと揶揄されるような人物には思えない。まぁ第一印象はかなり怖かったけど‥。
バートン卿は静かに凪いだ海のような雰囲気を持っていて、側にいてくれるととても落ち着くの。
テッドは以外にも口数が多くて、側にいるとポロッとうんちくを話してくれたりして会話が弾むから、心が軽やかになる。
ノエルはすごく素直だから、全力で味方でいようとしてくれるのが伝わって元気になれる。にこにこ笑顔が絶えないから活力になるの。
‥‥レオンは、よくわからない。敵だし、猫だし、信じていい対象じゃない。だから逆に、3人にはぶつけられない負の感情をぶつけてしまう。そのせいか、心が凄く揺さぶられて、苦しくなる。それなのに気がつくとレオンの切ない顔を思い出して胸が押し潰されそうになる。
‥だめだめ、ただでさえお父様とお義母様のことを考えて暗くなっていたのだから、レオンのことを考えるのはやめましょう。
心配そうに私を見つめるバートン卿を見て、私は「あっ」と声を出した。
そうだ。バートン卿にだけ伝えようと思っていたことがあったんだった。‥レオンのことを考えるのはやめようと思った直後だけど、これは伝えたかったことだから仕方ないわね。
「バートン卿、あの、お話があるのですが」
「なんでしょうか」
「‥‥この話は他の護衛たちには秘密にしてください。そして、話を聞いた後も決して態度には出さないでください。いいですか‥?」
「‥はい」
私の口ぶりから只事ではないのだと察したバートン卿は、緊張感を漂わせた。
周囲を確認した後、私は小さな声でレオンのことを話し始めた。
魔女の母の仲間、私を殺そうとした猫という存在、リセット魔法を掛けても魔女の母とレオンは記憶を持ったまま朝を迎えているということ‥。
「‥‥‥な‥‥」
バートン卿は口元を押さえて酷く狼狽していた。
まさかこんなに近くに敵がいたなんて、と驚いているみたい。
「‥直ぐに何かを企んでいるようではないので、当分動きはないと思います。但し、こちらがその存在に気付いているとバレてしまうと、向こうも動き出さずにはいられなくなるかもしれません」
「‥‥分かりました‥」
一体魔女の母はレオンを私の近くに置いてまで何をしたいんだろう。更にここから、どんな復讐をするつもりなのかな。
考えれば考えるほど思考が暗くなっていくばかり。
近いうちにロジェとも会って、魔女殺しの秘薬を手に入れて対策を練らないと。
でも‥秘薬を手に入れたところで、それを魔女の母に飲ませることができるかどうかも問題なのよね。
秘薬と聞くとすごく頼もしい感じもするけど、できれば他にも切り札が欲しい。切り札なんてそんな簡単に見つかるものでもないけど‥。
リセット魔法は戦う為のものではなく、どちらかといえば回避する為の力‥。便利な力だけど‥欲を言うなら、もっと魔女の母に対抗できる力があればいいのにと思う。
祖母の家に行って魔女についての情報を探ってくれていたテッドが明日には戻ってくる予定だから‥そこで有益な情報が得られたらいいんだけど‥。
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