第58話
力を授けた人々はそのうち“魔女”と呼ばれるようになり、その不思議な力は“魔法”と呼ばれるようになった。その為、彼女は自然と“魔女の母”と呼ばれるようになったのだ。
魔女の母は幼女の姿をしている為、自身の子を成すことはできない。そんな自分と結婚してくれる人もいない。それでも“魔女の母”と呼ばれると、まるで家族が沢山できた気がして嬉しくなった。
魔女たちは彼女とは違い、普通の人間と変わらない寿命で死んでいった。魔女の母は魔女たちが死んでいくことを心から悲しんだが、魔女たちの元に生まれた子どもには魔女の力が受け継がれていた。
それを知った時の魔女の母は、まるで孫の誕生を喜ぶかのように幸せを感じた。受け継がれていくごとに魔法の力は弱まっていき、ひ孫の代になる頃には魔法の力は消えていたが、それでも彼女は魔女たちの子孫の元を回っては成長を喜んでいた。
一見、魔女の母はただただ面倒見が良くとことん愛情深い存在のようだが、長い年月を経て深く傷ついた心の隙間を満たす為に必死だったとも言える。
力を分け与えた者、そしてその子孫たちを心から可愛がり、そして愛し続けた。魔女の母は漸く手に入れた幸せを大切に守り続けようとした‥のだが。
男尊女卑が色濃かったこの時代、魔女の母が手を差し伸べるのは女性が多かった。幼女趣味の男に追い回された過去のせいもあり、この頃は男性に対して少なからず苦手意識を持っていた。
男性にも力を授けたことはあったのだが、男性魔法使いと人間の女性が結婚をして子供が生まれても、不思議なことに魔法が受け継がれることはなかった。
その為、魔法を操れる者は圧倒的に女性が多かった。そんなある時、まるでボロ雑巾のような状態の血だらけの男を見つけた。
男は川辺で倒れており、全身を切り刻まれて酷いものだった。魔女の母は魔法の力で他者に“言うことを聞いてもらう”ことができたり、魔法の力を授けることができても、誰かを癒す力はない。
「おい、お前‥しっかりしろ。お前を癒す力を授けてやる」
魔女の母がそう言うと、男は小さく頷いた。ーーーこれが全ての始まりだった。
男が手に入れた魔法は“自身を癒す”もの。みるみる回復していった男は、恩返しと言わんばかりに魔女の母に散々尽くした。荒っぽくも芯の部分では優しかった男の名はカマル。
魔女の母が男性と数年の時間を過ごしたのはこれが初めてのこと。魔女の母はこの時、長い人生の中で初めて“恋”を知った。
カマルは野心のある男だった。その為か人一倍ストイックで自身の力を高めようと無茶をする男でもあった。
“自身を癒す”魔法は、いつのまにか“他者を癒す”こともでき、“他者から生命力を奪う”こともできるようになった。
授けられた魔法は進化するのだと、野心が強いカマルのおかげで知ることになったのだった。
このことをきっかけに、魔女の母は自身の“言うことを聞いてもらう”という魔法を元に様々な能力を増やしていくことになった。
魔女の母としても、他者に魔法を授けることで気付かされることも多かった。
カマルのおかげで気がついた能力の伸び代の他にも、他者に授けた力はある程度魔法を使わないと体に馴染まないということも後から知ったことだった。
魔女の母が誰かに魔法を授けても、授けられた本人があまり魔法を使わないと、体が人間に戻ってしまうということが何度かあったのだ。
他者と深く関わることで知っていった知識。自身に授けられた不思議な力を気味悪く思いつつも、魔女の母は自身の力を受け入れていた。
カマルと何年過ごしたか分からない。すっかり彼に入れ込んでいた彼女は、カマルの頼みをよく聞いていた。
この男には“火を操る力”を授けてほしい、こっちの女には“毒を操る力”を授けてほしい。何年もかけてその頼みを聞いていた。
カマルと出会った当初、カマルはまだ10代半ばだった。気が付くとカマルは30代前半だった。
頑なに魔女の母に自身の話をしなかったカマルは、彼女の元から去っていく際にやっと自身の話をした。
ーーカマルは皇弟だった。王位争奪の争いに敗れて傷付いた彼は魔女の母から力を授かり、側近達の力も増強させていたのだった。魔女の母は彼との別れを悲しんだが、彼にはそもそも婚約者がいた。
カマルが死にかけて逃亡した時点で婚約はないものとされていたが、それでもカマルは元婚約者を愛していた。彼女はカマルの兄である皇帝と結ばれて皇后になっていたが、カマルは皇帝を殺してでも皇后を手に入れようとしていた。
魔女の母の気持ちに気付いていたカマルは、何度も魔女の母に愛を囁いて、彼女の心を掴んでいた。自分に力を与えさせる為、打算的に彼女を愛していると嘘をついていたのだ。
当然傷付いた魔女の母はカマルを止めようとしたが、カマルは魔法で彼女の“生命力”を奪った。
永遠に続くと思われていた魔女の母の命は、まだ消えていないものの永遠ではなくなった。
魔女の母の力は無限にあった筈の生命力から生み出された魔力を溜めて他者に授けるものだった。
その為、以前のようなペースで他者に力を授けることもできなくなってしまった。
カマルに裏切られても、魔女の母はカマルを愛そうとした。だがカマルにとって魔女の母などどうでもよかったのだ。それどころか魔女の母が皇后に危害を加えてしまうのではないかと不安を抱くようにもなった。
確かに魔女の母は、カマルが狂ったのは皇后のせいだと強く思うようになった為、カマルの予想は当たっていた。せめて最後は愛していた皇后を守りたい。皇帝に返り討ちにあって殺されかけたカマルは、最後にそう強く思った。
自身を癒し続けても流石に首を斬られるとカマルは息絶えた。でも絶命寸前に、彼はこう言った。
「ーーこの世の魔女たちが、帝国転覆を狙ってる。俺も唆されたひとり。魔女たちを殺せ」
魔女の母である彼女はそう簡単に殺せないと踏んだカマルは、全ての魔女を根絶やしにするよう伝えたのだ。そうすればさすがに、魔女の母も死んで皇后は救われるだろう、と。
カマルが死んですぐに皇后は不審死を迎えた。
魔女狩りが盛大に行われ、愛していた家族たちが次々と殺されていく。
魔女の母は何度も何度も泣き叫ぶような時間を過ごし、全てを狂わせた皇族に対する恨みを膨らませていったのだった。
それ以降、彼女が力を授けた男性はレオンのみ。
同じ系統の力であれば、もしもまた裏切られても魔法で防ぐことができる。そう思って授けた力だった。
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