第36話
私とノエルが“満月の夜”について説明をすると、テッドは暗い表情をしながら愕然としていた。
テッドは潔癖な印象を受けるほど常に清潔感がある。そんなテッドからすれば、吸血行為もその後の抗えない強い欲求も、ドン引いてしまうに決まってるわよね‥。
「‥‥嫌な話を聞かせてしまってごめんなさい‥」
そんな私の言葉に、テッドはあからさまに眉を顰めた。‥何か怒らせること言ってしまったかしら。
「‥‥‥何故皇女様ばかりそんな想いをしないといけないのですか!!」
「‥テッド‥‥」
「‥‥‥‥‥決めました、皇女様」
「え‥?」
「私は自分の命がある限り、もう絶対に皇女様に悲しい思いをさせません!!!」
私もノエルも目を丸くしていたことだと思う。まさかクールで冷たい印象のテッドが感情論を述べるとは予想できなかった。
「テッド~。俺もできればそれを望むけど、さすがにそれは無理だと思うよ」
そんなノエルの言葉に、テッドは頷いた。
「‥分かっています。魔女が消えても、魔女が皇女様の体で行ってきた悪事は消えない。皇女様は気持ちを強く保たないと、すぐに大きな悲しみに包まれてしまう‥。でも、それでも‥皇女様にはもうこれ以上悲しんでほしくないのです‥」
“もう絶対に悲しい思いをさせない”、それが不可能なことであっても、言わざるおえなかったのだとテッドは眉を下げた。
しゅん、と眉を下げているテッドを見て、私は心がふわっと温かくなった気がした。
「ありがとうテッド。その想いだけでも救われるわ」
私を想ってくれる味方。なんて心強いんだろう。
「っ、皇女様ぁ!分かってると思うけど俺だって皇女様のことすっごく想ってるんだからね!!」
「え?あ、ありがとう、ノエル」
ノエルったら、どうしてムキになってるのかしら‥。頬を膨らませたノエルはふんっと息巻いてテッドを睨み、テッドはクールな表情のままノエルから視線を外した。
「‥‥私の方が考えていると思いますがね。貴方のように駄々を捏ねる子供のような想いではなく、私は心から皇女様の幸せを願っていますから」
「はぁ?!?!駄々を捏ねる子ども?!さっき勢いだけの感情論爆発させてたのどっちだよっ!!だいたいお前最近までツンってしてるだけの眼鏡だったくせに急に開花してんじゃねーよ!!俺の方が皇女様を想う気持ちはでかいんだからな!!!」
えぇ?!なんで喧嘩になってるの‥?!?!
美少年であり美少女のようなノエルの顔が怒りによって歪みに歪み、まるで荒くれのような怒り顔になってる。テッドはその身に纏う冷たいオーラを更に氷点下にさせて、静かに丸眼鏡を押し上げてる。その冷静さが凍えるほどに怖い‥!!
「ちょ、ちょっと2人ともやめてよ‥!!」
「「‥‥」」
私の言葉を聞いてか喧嘩はやめてくれたけど‥、まさかこの2人が喧嘩をするような関係になるとは思っていなかった。
バートン卿、早く帰ってきてくれないかしら‥。
「2人が私の心からの味方ってことは十分伝わったわ。本当にありがとう‥!でも喧嘩はやめてね!」
「「‥‥はい」」
ノエルだけではなくテッドまで、少し不機嫌そうに唇を尖らせてる。思わず吹き出しそうになるのを何とか堪えて、私は2人の背中を叩いた。
「バートン卿がいないんだから、2人にはいつも以上に頑張ってもらわなきゃいけないんだからね。ちゃんと協力してよ?」
私がそう言うと、2人は小さく頷いた。意外にも子供っぽいところがあるのね。
その日の午後、私は久しぶりにレオンと話をした。バートン卿が不在な分、レオンにもいつもより少し近くで護衛をしてもらうことになったのだ。
レオンは相変わらずニコニコしていて、大型の忠犬のような印象を受ける。人懐っこい笑顔は健在だった。
「ありがとうレオン。その本、手が届かなかったの」
ここは図書室の中。久々にゆっくりと読書を楽しもうと思ったけれど、一番高い棚の本は私では手が届かない。
ノエルとテッドもいたけど、2人ですらぎりぎり届かない高さだった。踏み台を使えば届くけど、高身長のレオンが近くにいたから声を掛けたのだ。
「この本で宜しいですか?それともこちらの赤い本でしょうか」
レオンはバートン卿と同じくらいの身長があるかしら。
190㎝くらいかな‥すごく背が高いのよね。
「どちらもとって欲しいの」
「わかりました」
なかなかここまで背の高い人は私の周りには滅多にいない。
あ‥‥そうだ。あの“猫”も、そういえば背が高かったな‥。
「‥‥レオン、その手首の傷はなんだ?」
テッドがレオンの傷に気が付いて声を掛けた。「え?」と私もレオンの手首を見て、そして固まった。
騎士たちは手袋を付けているから普段肌が見えない。でもこの時、本を取るために手を伸ばしたレオンの肌が見えた。
ーーー袖口と手袋の間に見える、苦しみ悶えながら抵抗したような、無数の爪の跡が。
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