第3話


 軽食を部屋に持ってきてくれたのはメイドのミーナ。彼女はサリーやコックから今日の私の様子を聞いていたのだと思う。いつもとはどこか違う私の反応を、注意深く観察しているように見えた。


「ありがとう、ミーナ」


「‥とんでもございません」


 早速、湯気が立ったホカホカのスープを口に入れた。深みのある、美味しいコーンスープ。この空腹の胃に、温かく広がっていくのがわかる。


「‥おいし‥‥‥‥‥あ、」


 心臓が大きく音を立てた。途端に体中の内臓が引き裂かれるような痛みとともに暴れ出し、呼吸もまともにできなくなっていく。


 ーーー毒?


「‥‥‥ふっ。ざまぁみろ」


 ミーナはそう吐き捨てて、床に倒れ込む私の腹に蹴りを入れた。ーーあぁ、やっぱり相当嫌われていたんだな。


 死んでもいいと思っていたのに、やっぱり虚しすぎて諦めきれない。そんな諦めの悪い私は意識が飛びそうになる中、なんとか指を鳴らした。


 ーーーパチン。



「はっ‥‥‥はぁ‥はぁ‥‥‥」


 目覚めたのはベッドの上。恐らく魔女の言う通り、今日の朝に戻ったんだ‥。


 いつまでも経っても、心臓は煩いままだ。‥あの様子だと、ミーナは確実に毒入りだと分かっていて私に食べさせた。ミーナひとりが犯人‥?それともコックも‥?いや、サリーやレオンだって、みんな私に死んでほしいだろうから‥みんなが犯人かもしれない。


 もしかして‥あのまま毒殺されていた方が、傷付かなかったんじゃ‥?なんて、そんなことまで考えてしまう。


 私は、やっと自分を取り返したんだから。もう魔女は、いないんだから。せめて私ひとりくらい、自分を大切にしてあげないと、操られ続けていた私が可哀想だ。


 お母様の肖像画を見て気合を入れ直した私は、扉の前にいるレオンに頼んでサリーを呼び出した。先程はサリーは昼前に部屋に来たけど、今回は朝8時頃。


 ーーミーナが今日毒殺を決行したのは、いつもと違ってどこか弱々しい私の姿を見たからかもしれない。今日なら殺せると思ったのかもしれない。


「お、おはようございます、皇女様。今日はお早いのですね」


「‥おはようサリー。悪いけど、今日からはお酒もいらないし、三食食べるわ。ドレスも着せてちょうだい」


 あくまでも、ベースは魔女のように高圧的なまま頼んでみる。先程のようにナヨナヨしていたら、今日の皇女は簡単に殺せそうだと思われてしまうかもしれない。


「‥かしこまりました」


 サリーは目を丸めて驚いた様子を見せながらも、私の言う通りに行動してくれた。


「朝の食事はすぐに食べたいから簡単なものでいいわ。コックから直接サリーが受け取ってここまで持ってきてくれる?」


「はい。かしこまりました」


 久々にドレスを着て、髪を結ってもらう。ドレスはド派手なものしかなくて嫌になるけど仕方ない。今度このドレスたちを売って、もっと控えめなものを買おう‥。


 サリーが持ってきたのは、コンソメスープとパンとサラダとフルーツ。‥ここからは、ある種の賭けだ。


 スプーンを持つ手が小さく震えていた。じわりと手汗まで滲む。ゆっくりとスープを口に運び、ごくりと飲み込んだ。

 先程のコーンスープと違い、味わいを楽しむ気持ちになんてなれなかった。


「皇女様‥顔色が優れないようですが大丈夫ですか?」


「‥えぇ。大丈夫よ」


 ーーサリーが持ってきた朝食に、毒は入っていなかった。

たまたまなのか、ミーナの単独的な犯行なのかはわからない。お昼はまた、ミーナに持って来させてみよう‥。


 私はその後、奴隷の元へ行くとサリーに伝えて部屋を出た。ーー手には宝石が入った袋を持って。

 部屋を出るなり、ドレスを着て髪を結った私を見てレオンの目玉は飛び出しそうになっていた。さっきの倍は驚いてるみたい‥。


「こ、皇女様、どちらへ行かれるのですか」


「奴隷のところに行くわ」


「で、では私も‥!」


「結構よ」


 私は食い下がるレオンを振り払えなかった。その為、仕方なくレオンも地下牢に連れて行くことにした。


 牢の中にいる奴隷は全員で5人。みな、美少年たちばかりだ。魔女は恐らく相当面食いなんだと思う。


 夜、奴隷は護衛に頼んで部屋まで連れてきてもらっていたから、こうして私がわざわざ地下牢に来るのは初めてのこと。


「皇女様‥?!」


 牢の中の奴隷たちは皆一斉にざわついた。

ドレスを着る私の姿を見るのもはじめてのことだったのかもしれない。


「‥‥今日からあなた達は自由よ。お金はないからあげられないけど、宝石を少しずつ持たせてあげる。この宝石を売るなりして、好きなところに行きなさい」


「「「「「「?!」」」」」」


 レオンまでが口をぱくぱくさせて驚いていた。

無理もないよね。昨日までの私は“逃がす”なんて考えもしなかったはず。

 私は牢屋の柵越しに奴隷たちに宝石を渡した。戸惑いながらも、皆宝石を手に取ってくれた。


「服はあとで適当なものを渡すからそれに着替えて。そのあとは自由に出ていっていいわ」


 最後のひとりに宝石を渡そうとした時、その奴隷は私の手首をグッと掴んで私の腕を牢屋へと引き入れた。あまりの勢いに、ガシャンと大きな音が鳴る。


「皇女様!!!おまえ、その腕を離せ!」


 レオンがすぐさま声を上げたけど、奴隷は腕を離そうとしない。


「‥‥‥俺を解放するだと?」


 そう言って私を睨み上げているその人は、怖いくらいに綺麗な顔をしていた。

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