第52話 あの子とこの娘とそして君もなの? ACT 18

静に湯飲みを持ちお茶をすすりながら、おばあさんはあのミカンの木を見つめながら言う。


「このミカンの木はねぇ、私達が結婚したときに植えたんだよ。一時は枯れてきてもう駄目だと思った時もあったけど、何とか今もこうして実をつけてくれている。食べてみるかい?」


そう誘われたが「昨日いただきました」と言うと、おばあさんはにっこりと笑って。


「そうかい。すっぱかっただろう」

「ええ、すっぱかったです」


「私はこの時期のすっぱいミカンが好きでねぇ。もう少し待てば甘くなるんだろうけど、この青青しいのがいいんだよ。まぁ、女もそうなんだろうけどさ」

最後は何か意味ありげな言葉に聞こえてきた。


「ところでお名前をまだ聞いていなかったようだったけど」

「あっ! すみません。僕、笹崎。笹崎結城と言います。杉村さんとは同じクラスです」

「笹崎? はて、どこかで聞いたことがある様なないような。年は取りたくないねぇ―、物覚えが悪くなってさ。はははは」

その笑う顔はやっぱり杉村に似ている。杉村は母親似なんだとその時思った。


「ごめんねぇ、遅くなちゃって」杉村が着替えを終えて、僕らのいる部屋へとやってきた。

その杉村の顔を見ておばあさんが「おやまぁ、家にいるっていうのにわざわざ化粧してきたのかいこの子は」とにんまりしながら言う。


「えっ、そ、そんな、化粧だなんてただちょっと、整えただけよ」

と、杉村は言っていたけど、その顔を見ると、学校にいる時よりも綺麗だ。いつもは少し暗いイメージしかなかったけど、今目の前にいる彼女のその姿は、何か輝いているかのようにも見える。


「ああっ、お団子がある!!」

「はいはい、ちゃんとあんたの分もあるよ。私はあんまり団子は好きじゃないからね」

「そうそう、おばあちゃん。笹崎君……あっ」

おばあさんはにっこりと笑って「さっき聞いたよ名前」


「そっかぁ、でね。笹崎君ね、あのおばあちゃんの好きなケーキ屋さんカヌレにいるんだよ」

「いるって、確かあの子のところには女の子一人っきりだったと思うんだけど。もしかしてもう修業かなんかで住み込んでいるのかい?」

しゅ、修行? あはは、葵さんじゃないんだけどな。


「ちょっと訳あって一緒に暮らしています」


「ほぉ―、そうかい。正樹のとこにも愛華と同じくらいの年の女の子がいるのは、知っていたんだけどなぁ。そうか、まぁ詳しいことはあんまり聞かない方がいいみたいだね」

何かしみじみとしながら言うおばあさんの表情には、政樹さんの事をよく知っているという感じがした。


「あのぉ、政樹さんのこと良く知っているんですか?」


「ん、ああ、あの子かい。知ってるもなにも、政樹が生まれた時から知ってるよ。あの子はねぇ、親の反対押し切って、一人でフランスに行っちまって……。ま、ああやってことをなしえて帰ってきたんだ。それはそれでよかったんじゃないのかねぇ」

と、お茶をすすり「それじゃ私は店に戻るとしようか。これ以上あんたたちの邪魔しちゃわるいからね」


「おばあちゃん、邪魔だなんて。そんな」と杉村は言ったけど、何かほっとした顔をしていた。


そして杉村のおばあさんが、また僕の方を見て

「笹崎――――、ああ、そうか。よう似てる」とだけ小さな声で漏らしたのを耳にした。

何かを思い出したようだったが、それ以上は何も言わずにおばあさんは家を出た。



――――そして、僕と杉村はまたこの家に二人っきりになった。


シーンと静まりかえった家の中。

意識するなと言われれば、それは嘘になる。


誰もいない二人だけのこの時の流れに、僕は身を任せていいんだろうか……。

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