第44話 あの子とこの娘とそして君もなの? ACT 10

辺りはすっかり暗くなっていた。

あの入道雲みたいのが発達して陸地に来たのか、空からは雨が落ちている。


少し肌寒く感じる。

杉村の後ろに目を送ると、テーブルに、料理が並べられていた。

「起こしてくれればよかったのに」と僕は言った。


「笹崎君あんまりにも気持ちよさそうにして、寝ていたから、なんか起こすの悪くなちゃって」

どれだけ寝ていたんだろう。僕にとってはほんの一瞬だったような気がするけど

ふと時計の針を見つめると7時になるところだった。

結構寝ていたみたいだ。


「ねぇ、寝起きだけど、ご飯食べる?」

そうだ、杉村の後ろに映る料理がさっきから気になっている。

「食べるさ、もちろん」

ぱっと彼女の顔が明るくなる。


テーブルに置かれている料理を見ると、魚の煮つけ、多分あれはホウレンソウ、あえ物のようだ。そして綺麗に整えられた。本当にきれいにまかれた出汁巻き卵。まるでプリンのようにやわらかそうで、きれいな色をしている。定番の白いご飯にお味噌汁。

純和風の料理。


「すごいこれ、杉村が一人で作ったのか?」

「すごくなんかないよ。いつものことだから。たまにお店のお手伝いしてたりしてたから色々と職人さんたちから教わっていたんだよ」

「とてもおいしそうだ」

「お味噌汁温め直してくるね」

みそ汁のお椀を手に取り、台所に消えた杉村の後姿を目で追った。


学校では感じない何か本当に安らぐ温かい感情が芽生えてくる。

ふとある小鉢に目がいった。『肉じゃが』

綺麗に盛り付けた肉じゃが。ジャガイモも型崩れしていない。煮物がうまい人は料理が得意だということを、母さんから前に聞いたことがあった。


そう言えば、律ねぇが、初めて肉じゃがを作った時、お鍋を焦がしたのを思い出して、思わず笑いそうになる。

あの時の落胆した律ねぇの顔が、今でもはっきりと目に浮かぶ。


そして母さんの……なぜかわからないが、最近母さんと父さんの面影がだんだん薄れてきているような気がする。

死んでしまった人の想いと言うか記憶と言うのは、これほどまでに急速に自分の脳裏から遠ざかっていくものなのか。

哀しみに似た様な諦めが、包み込む。


「ごめんねぇ待ったでしょ。はいどうぞ」

お盆に、立ち込める湯気を出しているみそ汁椀を持ちながら、杉村がやってきた。

その椀を置いて「さ、お待たせいたしました。食べよっか」といい、じっと、僕の方に視線を向け始めた。


「あ、あのぉ―、そんなに見つめられると、……」

「あ、ごめん! つい、気になちゃって」照れながら笑う杉村。

いつも見せない顔ばかりを今日は僕に見せつける。

でもこれが本当の彼女の素顔であるということを僕は感じていた。特別な人にしか見せないこの顔が何となく可愛い。そう思う。


先に魚の煮つけに箸が動く。

ふっくらと炊きあげられた魚の身。それに昆布だしが程よく効いている。

またまた、じっと僕の方を見つめる杉村、よっぽど気になっているんだろうな。

もう一度、魚に箸を迎えわせようとした時「どうぉ? 味、笹崎君の好み?」と、待ちきれないように問いかけてきた。


箸を止め、杉村の顔を目をちゃんと見て僕っは正直に「うん、美味しい。大したもんだよ。さすがに料亭の娘……あ、違った。孫になるるんだよね。本当においしいよ」

その言葉を聞いてほっと肩をなでおろした杉村だった。


「じゃぁさ、今度は卵焼き食べてみて、これ私の自信作なんだ!」

そう言って卵焼きが乗った皿を、手に取って前に移動させた。

焼き目のない綺麗に黄色の色が輝くように見える卵焼き。

箸をつけると、すっとやわらかく中に入る。まるで、茶わん蒸しのような感じの卵焼きだ。

一口口に入れると、ほのかな甘みとちゃんとこれは卵焼きだという主張が、僕に言い聞かせているような感じがした。


う、旨い! こんな卵焼き食べたことがないくらい旨かった。

向かいに座る杉村が、またさっきよりも食い入るように僕を見つめる。

まるで僕を食べちゃうような強い視線だ。


「ど、どうぉ?」

「本当にこれ杉村が作ったの? 実は僕が寝ている間に、料亭の職人さんが来て作っていたとかないよね?」

「ないない! そんなこと絶対ないって。もう、笹崎君のいじわる!!」

ちょっとむすっとした顔になる杉村。ははは、怒らせちゃったのかなぁ―。


「でもそれだけ美味しいっていうことだよ」

「そっかぁ―、それなら許してあげる」うんうん、と、納得したようにうなずく。

「ほら杉村も一緒に食べようよ」

「そうだね」にっこりと幸せそうな顔をして杉村も箸を持った。


料理はあっと言う間に平らげてしまった。

はぁ―、ようやく満たされた気分だ。

「お粗末様でした」

「本当に美味しかったよ」

雨が上がっていた。ガラス戸から見える夜の空には星が輝いていた。


食後二人の沈黙を破るように僕は。

「今のうちに帰った方がいいかな」とぼそりといった。

杉村も窓ガラスを見つめながら「そうだね」と答えた。


その杉村の声に反応するように僕はカバンを手に取った。

そのまま、玄関に向かい靴を履き、見送る杉村に「今日はごちそうさまでした。ほんと杉村は料理がうまいんだね。驚いたよ」


「ううん、別にそんなことないよ。あ、そうだ、勉強。今度ちゃんと教えてね……約束したでしょ」

「ああ、そうだね。教えるよ」

「うん」

「それじゃ、また明日……学校で」



三和土に立ち、玄関の格子戸をあけようとした時、後ろから杉村がいきなり抱きついてきた。

そして……自分のからだを僕の前に。


彼女の唇が僕の唇と重なっていた。



「笹崎君……私、あなたのことが。――――――――好きです」

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