第34話 僕の知らない彼女 ACT 19

もう戻ることの出来ない人との別れ。そしてもう一度だけでいい。もう一度その人と出会いたい。そう願う気持ちだけが、渦巻く。

全てを失った。

何もかも。自分さえも失ったその先にあるのはなんだろうか? 何もない虚無な時間だけが流れる世界が、ずっと続くだけなのか。


それでも、生きているの者は生きていかなければいけないんだ。

――――そう、僕もそうなんだ。


大切な人を失った悲しみ。絶望感。人はそれを乗り越えろというけど、僕は乗り越えることは出来ないんだと思う。乗り越えるのではなく――――受け入れることなんだと、なんとなく思い始めた。

父さんと母さんがいきなり僕の前からその姿を消した。

恵美も同じだった。

そしてこの家族も。

それでも、僕らは生きている。

この現実を受け入れる。そしてその想いを忘れないように一緒に生き続ける。

それがもしかしたら、これから僕らが進んでいく道なのかもしれない。


「吹いてみるかい? 結城君。頼斗から聞いていたよ。中学の時吹いていたそうじゃないか」

少し心が動いた。だが僕は断った。

「――――無理です」

そのバリトンに僕はまだ触れる勇気はなかった。

「そうか」とだけ言い、彼はまたそのバリトンをケースに戻した。

「もし、吹きたくなったらいつでも来るがいい。そして吹いてやってくれんか。いつの日か……誰かがまた音をだしてくれるのをこいつはずっと待っているようだからな」


「なぁに、二人して、こそこそとこんなに朝早くから」

あ、幸子さん。その姿を見た時、一気に顔が熱くなってしまった。


「あら、どうしたの結城、そんなに顔を赤くしちゃって」そう言いながら、僕の手を引いて外で小さな声で言う。

「もう、反応しすぎ! あれくらいのことで……バカ」


そして何気ない口調で中にいる彼に「あなた朝食作るから早く来てよ」といい、僕の体を抱きかかえるようにしながら家に向かわせた。

ふと見る幸子さんの顔も少し赤かった。

でもそれを僕に悟られないように、つんとする顔が何となく可愛い。


母さんと同じくらいの年の人。人妻。そして……恵美の想い人の母親。

恋とかそう言うものじゃないけど、なんかお互いに僕らは引き寄せられるものを感じているのは、確かだと思う。


僕と頼斗さんは昼前にこの地を後にした。

帰る時、車が見えなくなるくらい僕らを見送ってくれた二人。

「なぁ結城、無理やりお前を連れ込んだけど、よかったのかなぁ」と、頼斗さんは言う。

「よかった。連れて来てもらえて、そして響音さんの存在を知ることが出来てよかったと思います。これで何かが劇的に変わるとは思いませんけどね。でも……」

その時、スマホにメッセージの着信が入った。

幸子さんからだった。


「結城、あなたに出会えて本当によかった。ありがとう。いつでもここに来てもいいのよ。私は待っているから。あなたのもう一つの帰られる場所に……。ああ、もうバカ、バカ結城! どうしてくれんのよ!! 人妻をこんな気持ちにさせちゃって。ちゃんと責任取ってもらうんだからね。だから、またいつでもいいからまた来なさい。来るまでメッセ送り続けてやるからプンプン! 待ってるからね」


僕はその返事にただ「わかった」とだけ返した。多分それだけでいいと思った。

「ん、どうした?」

「いや、何でもないですよ」

「そうか」

そのあと僕らはほとんど会話を交わすことはなかった。


家に着き車を降りて「それじゃ明日学校でな」そう言って頼斗さんは車を走らせた。

「ふぅ―」とため息を一つついて、玄関の戸を開き「ただいま」と言うと。


いきなり、恵美が仁王立ちして眉をぴくぴくさせながら

「あんた朝帰りとはいい度胸ね」

「え、もう昼すぎてるんだけど」


「ばか、そう言うことじゃないでしょ。し、心配してたんだから」


「へっ?」

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