第28話 僕の知らない彼女 ACT 13

「酒かぁ。飲みてぇ気分だけど……。あのぉ、結城、お前もしかして明日は」

「何にも予定ないっすよ。まぁちゃんと送り届けてくれればこっちは構いませんけど」

少しとげがあったかな?


「そっかじゃぁの、飲むか……なぁ、親父」

「お、おう。飲むか」

「はいはいそれじゃビールからね」そう言いながら、冷蔵庫から缶ビールを取り出し、グラスに注いで二人の前に置いた。


「おい、幸子は飲まないのか?」頼斗さんのお父さんがちょっと申し訳なさそうに言う。

「うん、今はいいわ。あとでゆっくりと飲ませてもらうから。はい、私と結城君はサイダーだよ」

もう二つのグラスに透明なサイダーが注がれる。シュワーと泡が立ちはじけるように沈んでいく。

そして、もう一つのグラスに幸子さんはビールを注いだ。


「これは響音の分」

「そうだな……彼奴ももう飲めるんだよな」

「うん、そうだよ。もう立派に成人しているんだもん。一緒にみんなで飲もうよ」


そこに姿はなくとも、みんなにはちゃんと見えているんだ。みんなの最愛の響音さんの姿が。

まだこの人たちは、本当の意味でも心の傷は癒えてはいない。

それでもその現実を一生懸命に受け入れようと努力している姿が、なんだかとても愛おしく思える。

本当に家族に愛されていたんだということを。


そして、ここには僕ではなく、恵美の姿が本来あるべきなんだとその時思った。


頼斗さんとお父さんは、一気にグラスのビールを飲み干した。

「ふぅー」と深いため息のようなそれでいて、今まで胸の中にため込んでいた何かを吐き出すかのように頼斗さんは息をつく。

「いやぁ―こんな時間から飲むビールは格別だなぁ。なぁ親父」

「ああ、旨いなぁ。一人で飲んでいてもなんか侘しいだけだからな」

「なんだよ幸子さんと一緒に飲まねぇのかよ」

「だってぇ―、この人飲むと動けなくなるじゃない。誰がベッドまで運んでいくと思っているの?」


「全くよぉ、年甲斐もなく無理するからだぜ! もう自分の体のことも考えて動けや」

「仕方がねぇだろ、梯子から足滑らせちまったんだから。体のせいじゃねぇぞ頼斗」

「何かポケッと考え事でもしてたんじゃねぇのか? まっ正直これを教訓にあんまり無理はしなさんなよ親父」


「そうも行ってられん。この怪我のせいでスケジュールがかなり押されている。回復するまであと1か月はかかるようだ。そのあとはほとんど出張だ」


「なんだよ、また幸子さんを一人っきりにさせちまうのか?」

「仕方ないだろ。だったらお前がここにきてやればいいだろ。通えない距離でもないだろ。お前の車なら」

「まぁなぁ、実際そうなんだけど……。親父はいいのかよ」


「俺は別に構わわん。好きにすればいいだろ。それで縁が切れることはないはずだからな」

「まぁ……。確かにな」

この二人の会話の意味がよくわからない。僕の横で幸子さんはなぜかあの小柄の体をもっと小さくしながらちびちびとサイダーを飲んでいた。


「ねぇ結城君、好きなの取って食べていいよ。こんなにあるんだから結城君がいっぱい食べてくれるとうれしいなぁ」

そこまで言われると遠慮も出来ない。正直おなかも減っているのは確かだ。

煮漬物やだし巻き卵、それにローストビーフまで用意してある。

これ全部幸子さんが作ったのか?


幸子さんて、見かけによらず料理は本当に上手なんだと思う。小皿に取り分けてくれた煮物をを口にすると、そのうまみが口いっぱいに広がっていく。この人の料理は本物だと確信してしまった。


「どうだうめぇだろ。幸子さんの煮物は天下一品だ。この煮物を食うと、家に帰ってきたっていう感じがようやく実感できるんだ」

「うっ、もうぉ、だったら毎日でも作ってあげるから、頼斗君は私の傍にいてほしいなぁ」

「無理なこと言わないでくれよ幸子さん」

「……そうだね」と、答える幸子さんの表情は少し寂しそうだった。


すでに二人が缶ビールを共に2本ずつ空にしていた。

「ウイスキーに変えよっかぁ」

「ああ、そうだな。俺はそっちの方がいい。親父は大丈夫か?」

「ああ、まだいけるぞ」

その声を聞いてキッチンで氷を用意して、新しいグラスを持ってきた。


「頼斗、そこの戸棚にウイスキーが入っているはずだが取ってくれないか」

「ああ」と言いながら、戸棚からウイスキーのボトルを取り出すと、その瓶の中身はあと残りわずかだった。

「なんだこれだったら買ってくればよかったな」頼斗さんがそう言うと。


「ちょっと待ってて、これ飲んでいて、今新しいの買ってくるから」と幸子さんが言う。

「ええ、でも悪いなぁー、いいの?」

「いいって、実はそれ飲んじゃったの私だから、同じの買ってくるね」と、僕の方に幸子さんは視線を向け、「結城君も一緒に行く?」


「えっ、僕もですか?」

「だって酔っ払いの相手しているの大変じゃない?」


「まぁ―、いいんですか?」

「うん、一緒に行こ。私の愛車で」


何かありそうな感じがするけど、僕は幸子さんと一緒に車に乗り込みお酒を買いに、この家を出た。

「あのウイスキー売ってるところちょっと離れているんだぁ。ちょっと不便なところもあるけど、私はこの町嫌いじゃないのよねぇ」

と、にこやかに笑いながら幸子さんは車を発進させた。


しかし、仲がいいのはなんとなくわかるような気がしてきたけど、微妙になにかがあるのは薄々と感じ始めていた。

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