いいねの数だけ殺します

君塚つみき

1

 半分の月が浮かぶ夜。

 似鳥にとり佐和子さわこは自室の椅子に腰かけて、手に持っているコーラルピンクのスマートフォンをじっと見つめていた。

 表示されているのは、ツイッターのツイート投稿画面だ。文字を入力するスペースには、既に完成している下書きがあった。



いいねの数だけ殺します。

1いいねにつき1人、人を殺します。

嘘ではありません。私は本気です。

#拡散希望



 それは物騒きわまりないツイートだった。

 寄せられた『いいね』の数に応じて何かを行うというツイートは、ツイッター上でしばしば見られるものである。例えば、いいねの数だけ腕立て伏せをするとか、1万いいねを超えたら素顔を公開するなどが挙げられる。こういったツイートは大抵、注目を浴びたいという承認欲求を満たす目的で投稿され、実際多くのいいねやリツイートを獲得しがちである。

 佐和子のツイートもその一種と言えるが、しかし過激さが常軌をいっしていた。殺人という明確な犯罪行為の予告。仮に悪ふざけだとしても、冗談では済まされないような悪質なツイートである。

 佐和子は机の上の置き時計で時刻を確認した。23時59分。佐和子は日付が変わるタイミングでツイートを投稿するつもりだった。

 静かな夜だった。……いな、静かすぎた。秋も半ばで、外で虫が鳴いていてもおかしくないような時間だが、家鳴やなりや風の音すらなく、佐和子の部屋にはただただ不気味な無音が満ちていた。

 異質な空気の中、まだ顔立ちに幼さを残している十六歳の少女は固唾かたずを吞む。

 あと一つボタンを押すだけで、このツイートは複雑で広大なインターネットの海に投げ込まれる。その先はもう後戻りできない。これが引き返す最後のチャンスだ。

 これから自分がすることの恐ろしさに、佐和子はぶるりと身を震わせる。上手くいく保証はまったくないし、どう転んでも待ち受けているのは残酷な結末だ。

 今ならまだ逃げられる。そんな臆病風が吹く。

 しかし。

「殺さなくちゃ。殺されるべき人間を」

 わずかに顔を覗かせた躊躇を、佐和子は使命感でじ伏せた。

 そして、胸の中で祈りを捧げる。

 どうか、このツイートがたくさんいいねをもらえますように。

 どうか、このツイートがたくさんリツイートされて、多くの人に見てもらえますように。

 そしてどうか――

 時計の数字がすべてゼロになる。

 佐和子は、ツイートの投稿ボタンを、押した。

 ツイートは一秒もかからず送信されて、佐和子のアカウントのタイムラインに現れる。それを確認した佐和子は、ふう、と大きな息を吐いた。

 家の外で、コオロギが鈴を転がすように鳴き出した。階下からは家族の誰かの足音も聞こえてくる。さきほどまで張り詰めていた緊張は煙のように消え去っていた。

 佐和子はスマホを机に置くと、窓の外の暗闇に目を向けた。

 そして。懐かしい友の名を呼んだ。

麻里奈まりなちゃん。もうすぐだよ」



 こうして。

 史上最悪の殺戮劇さつりくげきが、幕を開けた。

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