第25話
自分の身体に宿る力があまりにも大きなもので、恐ろしくなる。黒胤は何故私自身ですら知らなかったこの力のことを知っていたのだろう。分からないことが多すぎてまた不安が膨らんだ。
「白雪さんっ!」
そんな私の靄をかき消すような、凛とした声が耳に届く。振り向けばそこにはクラスメイトたち。そしてその最前線にいるのは、この物語の主人公──橘一路だ。
「俺たちも、協力する!君が泣かずに済むように……絶対に守り抜くよ」
細められた瞳には優しさが込められている。
「……さすが、
ポロリと口からこぼれた言葉はただの読者の感想に過ぎなかった。一路の選ぶ言葉の一つ一つが、あまりにも主人公に似合いすぎている。感心するとともに、安堵が身体に染み渡った。
私の言葉を聞き、不満そうに眉間に皺を刻むのはその“ヒーロー”のライバルである。
「あ?どういう意味だよ」
灰音ちゃんはギロリと一路を睨んでから私の頬を引っ張る。
「一路くんは私のヒーローだから」
そう言えば、さらに険しく不機嫌な顔になるのだから分かりやすい人だ。とても可愛い。
「……俺だってお前のヒーローになりてェわ」
一路はあまりにも主人公らしさが徹底されているが、この人は紙面で描かれていた“らしさ”からは程遠い。彼の予想外の返答に頬が緩む。嫉妬のようなその感情が私に向けられているのだと思うと胸が締め付けられる。
「……だめだよ、灰音ちゃんは」
「なんでだ」
灰音ちゃんには普段の行いを思い返して欲しい。一路はどんな人だろうが、自分の手の届く範囲にいる人は(時にその範囲外も)守ろうとする。まさに生粋のヒーロー気質だ。それに比べて灰音ちゃんは誰彼構わず助けるようなお人好しではない。根は優しいのだから困っている人を放っては置けないが、自分の中の優先順位がハッキリしている人だ。だから灰音ちゃんはヒーローではなく──。
「灰音ちゃんは騎士だから」
むふふ、と今まで出たことのないような笑い声が溢れる。そう、彼は自分の信念のもと、自分が「助ける」と決心した相手は何があっても守ろうとする。その筋の通った姿はまさに騎士。灰音ちゃんの主になれた人はなんの不安もないだろうと思わせる。
そんな私の妄想に、灰音ちゃんは頭を抱えていた。
「クソ可愛い……!」
未だ私の「ヒーロー」発言に照れを隠せていない一路にパンチを食らわせると、灰音ちゃんは納得したように「まァ、いいわ」と言っていた。
「そして先生は私の王子様!」
「……」
「おい、睨むな。俺のせいじゃない」
丹羽先生が呆れたように私と灰音ちゃんの顔を交互に見る。しゃがみこんで私の目線に合わせてくれているから、先生との距離も近く感じる。
「そんなに見つめられたら好きになります」
「てっめェ……!!」
私の言葉と同時に灰音ちゃんの手のひらが両目をふさぐ。
「もうゼッテー見んな!」
またプリプリと怒っている灰音ちゃん。いつも何に対して怒っているのか不明であるが。私は続けて「もう好きになってますけどね」と言おうとしていたが、さすがにこれ以上彼を怒らせるのは危険だと判断し、やめておいた。
何一つ問題は解決していないが、もう先程の重たい空気は消え去っていて、ギャアギャアと叫ぶ灰音ちゃんとそれを制止しようとする一路たちクラスメイトのおかげで憂鬱な気分を紛らわせることができたのだった。
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