第53話 道化達は虚しく踊る③
「ほらメシだ。食ったら外に出しておけ!!」
ドアに備え付けられている窓から器に守られた食事が差し入れられた。
それをデミトルは黙って受け取る。
「くそ……なんで私がこんな不味い飯を」
デミトルは差し入れられた食事に対して悪態をつく。ザーフィング家から出された食事は決して劣悪なものではない。平民の一般家庭で出される水準は確実にクリアしている品質の食事が出されている。
しかし、デミトルが今まで摂っていた食事に比べれば雲泥の差であり、それがデミトルにとって屈辱であった。
デミトルが隔離されて一週間が過ぎていた。ジオルグに鼻を潰され壁に押し付けられた痛みはかなり引いた。
デミトルとジオルグは会っていない。それゆえにジオルグに対する恐怖も少しばかり消え、時々ジオルグに対して悪態をつく様になっていたのである。
「くそ!! あのアイシャとかいうメイドが逃げ出さなければこんなことにはならなかった」
元々はアイシャを強姦しようとした報いなのだが、デミトルは自分が悪いなど微塵も思っていないのである。
「くそ!! 私が王となった暁にはこのガルヴェイト王国を滅ぼしてくれるぞ!!」
デミトルは次にガルヴェイトを滅ぼすという発言を臆面もなく行った。既にガルヴェイトに見限られているということをジオルグに告げられたにも関わらず、この発言が出るあたり、おそらくデミトルは精神に異常をきたし始めている可能性が高かった。
コツコツ……
「ん?」
そこに何者かの靴音が聞こえてきた。この一週間、食事以外の差し入れ、食器の回収以外はこの部屋に近づくものはいなかった。
「一人じゃないな……? そうかやっとここから出す気になったのだな。正直腹立たしいがこれから心を入れ替えれば許し……て…ヒィ!!」
デミトルは傲岸不遜な表情を浮かべてドアの方を見ていたが突然、恐怖の叫びを上げた。
扉が開けられ、そこにジオルグが姿を見せたからだ。ジオルグの背後にはロイ、カインが立っている。
「お許しください!! お許しください!! お許しください!!」
デミトルは跪き両手を合わせてジオルグを拝む。ジオルグの姿を見たとき、ジオルグへの恐怖を思い出したのである。
「黙れ」
「ヒぃ……」
ジオルグの一声でデミトルの哀願は封じられた。この状況でジオルグへの命令に反する行動など取ることなどデミトルには考えることもできない。それほどジオルグへの恐怖心はデミトルに刻まれているのである。
「要件だけ伝えておこう」
「……」
「お前の弟であるルクルトと妹のソシュアの行方がわかった」
「え?」
ジオルグからもたらされた情報にデミトルは呆けた表情を浮かべた。その表情を見てもジオルグは一切表情を変えることはない。それがデミトルには本当に恐ろしかった。次の瞬間に蟻を潰すように無惨に殺されてしまうのでは無いかという恐怖が先立ってしまうのである。
「ルクルトはフラスタル帝国、ソシュアは旧ギルドルク王国であるレクリヤーク城だ」
「二人は……死んだと…」
「ウソに決まっているだろう。二人ともお前同様にジルヴォル王の
デミトルの言葉にジオルグは冷たく言い放った。ジオルグの言葉にデミトルは呆然とした表情を浮かべた。
「ルクルトはフラスタル帝国の手を借りてザーベイルを滅ぼす、ソシュアは残党を集めてジルヴォル王へと対抗する旗印となろうとしている」
「あ、あの二人が」
「無論、
「え?」
「当然だろう?」
「な、なんで?」
「なんだ、本当にわからないのか? あの二人がフラスタル帝国とレクリヤーク城へと辿り着いたのはジルヴォル王の計画だ。当然、その対処を予め打っているに決まっているだろう? お前にアーゼインをつけたように、ルクルト、ソシュアにも部下をつけているに決まっている」
「あ……」
ジオルグの言葉にデミトルは顔を青くした。
「私の考えるジルヴォル王の手はこうだ。まずルクルト、ソシュアから同時期に旧ギルドルク王国家臣に向けて我が元へ集えという類の檄文が発せられるだろう。理由は簡単だ。旧家臣達はどちらに味方した方が自分の利益につながるかを秤にかける。帝国の後ろ盾を得たルクルトと国内にとどまり抵抗するソシュアのどちらがより支持を得るかな?」
ジオルグはそう言って嗤う。
「そして、次にルクルトとソシュアは仲違いを始めるな」
「え?」
「そのほうがジルヴォル王にしてみれば二人がまとまるよりも仲違いした方が都合が良いからな。具体的な手段とすれば二人の身近にいるジルヴォル王の部下がお互いに王子、王女が偽物であると主張することだろう」
「あ、悪魔だ……」
「さて、そんな二人の反目を防ぎたくはないか?」
「え?」
ジオルグの言葉にデミトルはまたも呆けた表情を浮かべた。
「こちらとすればザーベイル王国と交渉をする際に両者が団結してくれると都合が良い。そうすればお前の助命をジルヴォル王へ嘆願することを約束しよう」
ジオルグの言葉にデミトルはコクコクと頷いた。それを見てジオルグはにっこりと
「わかった……やる!!」
デミトルは力強く言い放った。
「そうか。ロイ、デミトルへ筆記用具を渡せ」
「はい」
ジオルグの命令を受けてロイが筆記用具をデミトルへ手渡した。
「それでは書き終えたらこの呼び鈴を鳴らせば私の部下がとりにくる。そうすればこの部屋ではなくもうすこし良い部屋へ移そう。お前も反省したようだからな」
ジオルグはそう言ってくるりと踵を返すとそのまま部屋を出ていった。ロイ、カインがそれに続く。
ガチャン!!
扉が閉められるとデミトルは一心不乱に手紙を書き始めた。
「どうやら書き始めたようです」
カインの報告にジオルグは口角を上げる。
「だろうな。デミトルにとって最後のチャンスだ。わざわざ無駄にはせんだろう」
「いや、結局は
ロイが呆れながら言うとジオルグは心外だという表情を浮かべた
「何を言っている。私は嘘などついていないぞ」
「そりゃあ、嘘はついてませんがね。事実を告げたとはいえないでしょうよ」
「勘違いするのはデミトルの勝手だ。そんなことこちらが知ったことではない」
「そうなんですけどねぇ。自分が道化だと知らされてもまだ道化として踊らされるなんて哀れだなと」
ロイの言葉にジオルグはニヤリと嗤った。
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