第44話 御前会議②
「悪逆非道? ザーフィング侯……それは我が軍を侮辱しているのかな?」
ジオルグの言葉に真っ先に反応したのは護国卿であるレパレンダス侯爵である。軍の最高指導者である彼にしてみれば、ジオルグの言葉はガルヴェイト軍が旧ギルドルク王国領の者達に対して、略奪暴行を行うという意見であると受け取ったのである。
「侮辱とは?」
対してジオルグは顔色ひとつかえずレパレンダス侯爵へ返答する。
「我が軍は略奪暴行をせねばならぬような無謀な軍事行動をとるようなことはしないと言っておるのだ」
「当然です。ですが
「どういうことだ?」
ジオルグの返答にレパレンダス侯爵は虚を衝かれたような表情を浮かべた。
「先ほども言ったようにジルヴォル王が他国の干渉を求めているのは旧領の支持を得るのが目的、ならば干渉する他国の軍は悪逆非道な者であるということに
「ザーフィング侯はジルヴォル王が噂を流すというのか?」
「いえ、噂どころではないでしょう」
「まさか……実際に?」
「はい。ジルヴォル王は間違いなくやります。我が軍に偽装して略奪行為を行うか我が軍に潜り込んで略奪行為を行うか、いずれにせよジルヴォル王はその手を打ってきます」
ジオルグの断言にレパレンダス侯爵は考え込んだ。
「しかし、そこまでやるのかね? いくら目的があるとは言っても元々自国民なのだろう?」
そこに宰相であるフィジール公爵が発言する。冷静沈着な宰相として知られているが、民衆を虐待するような行為には嫌悪感を持つ価値観を有しているためにジオルグの意見に疑問を呈するのは当然であった。
「ジルヴォル王にとって自国民というのはザーベイル王国の民達であり、旧ギルドルク王国の領民はそうではありません」
「どうしてそう思う?」
「もし、旧領民達を自国民として保護の対象とするならば、放置するという対応は取りますまい。治安が悪化してまず犠牲になるのは社会的弱者からです。具体的に言えば子供達です。それを承知で放置するということは旧領民達はジルヴォル王にとって保護の対象と見ていない何よりの証拠というわけです」
「……確かにそうだな」
「はい。ジルヴォル王にとって旧領民達がどうなろうと元々どうでも良いのでしょう。ですから我が軍に偽装して略奪暴行を行うことも躊躇しません」
ジオルグの断言に出席者達は納得したようだ。
「そして最後の三つ目です。ジルヴォル王は先ほど申し上げたように、敵対者へ一切の容赦をいたしません。そのとる手段はまともな人間であればまず選択肢にとらないようなものであっても彼は躊躇致しません。おそらく彼は守るべき者とそうでない者をしっかりと線引きしていると思われます。そして守るべきでないとした者に対しては本当に駒として扱います」
ここで一旦、ジオルグは出席者へ視線を向ける。出席者の表情は厚い無表情に覆われているが、それでもジオルグの言葉に納得していることをジオルグは察していた。その様子を見て、ジオルグは言葉を続ける。
「駒には手駒、捨て駒などの種類がありますが、彼にとって対象外の者達はいくら手柄を立てようとも駒の地位は変わりません。駒はどこまでも駒であり、手駒でも捨て駒にでも好きなように使い潰すと思われます」
「ということは元王太子をこちらに
イルザムの言葉に不快感が含まれているのは当然であろう。誰もが駒として扱われ使い潰そうという者に好意など持つはずないのだ。
「もちろん、ジルヴォル王と協力体制を築くことは可能でしょうが、他者に対する根本は変わるとは思えません。こちらとすればわざわざジルヴォル王の駒となる必要はございますまい」
「……ザーフィング侯はデミトルを大義名分として利用すべきではないと思っているのだな?」
「はい、私の意見はそうです。ですが、決断するのは陛下、もしくは王太子殿下です」
ジオルグの言葉にイルザムは頷く。ガルヴェイトの君主はアルゼイス王であり、決断をする立場であるのだ。そして王の代理として王太子の座にあるイルザムである。そのことをイルザムは自分もやがてその立場に立つことになることを理解しているのだ。
「陛下、私とすればザーフィング侯の意見に賛同いたします。現在までの状況を考えればギルドルク王国は既に滅亡しており、その混乱に乗じて権益を掠め取ろうとすれば腕ごと噛みちぎられることになりかねません」
イルザムがアルゼイス王へと言う。イルザムの上申に他の出席者も異を唱えるようなことはしない。
「ふむ……王太子の意見に異を唱えるものはおらぬようだな。よろしい、ザーベイル王国と事は構えぬ」
アルゼイス王の宣言により出席者達は一礼することで賛意を示した。
「それでは元王太子をどうするかであるな……元王太子がここにきた目的はギルドルク王国再建の為に我らの力を利用することだ。それがジルヴォル王の掌の上の出来事であっても本人はそのつもりでいる事だろう」
アルゼイス王はここでジオルグへと視線を向ける。
「ザーフィング侯、デミトル元王太子を卿が見張れ」
「御意」
「もし、デミトルが我が国の利益に反する行為を行えば、躊躇う必要はない。卿の裁量において
「御意」
アルゼイス王とジオルグの会話に出席者の表情に驚きの感情が浮かんだ。
「陛下、元とはいえ王族を殺せば……問題になるかと」
フィジール公爵の声が流石に硬質的なものになる。王太子が不審死を遂げればギルドルク王国の旧臣達の反発が来る可能性を危険視したのである。
「それはないな」
「なぜでございます?」
アルゼイス王の断言にフィジール公爵は怪訝な表情を浮かべた。
「我らはデミトルを匿ったということを公式発表しておらぬ」
「確かにそうですが、それでしたら偽物であったと公式発表して
フィジール公爵の言葉は冷徹そのものである。フィジール公爵にしてみればガルヴェイトをまず守るべきであり、そのために必要とあればいくらでも非情な手段を選択するのである。そして平民よりも貴族に対して非情な手段を選択することが多いのである。
これは国のために尽くす義務が平民よりも貴族の方が重いと言う自分の美学からくるものである。これは特権を持つものは当然ながら義務も重くなるべしという考えなのだ。
「ふ、宰相は気が早いな」
「?」
「始末などいつでもできる。だが、それでは今後、ジルヴォル王と協力体制を築くことが出来ぬではないか」
「協力体制ですと?」
「ああ、ザーベイル王国の狙いが何であろうと我らと利益がぶつからぬ限り、共存共栄は可能であろう?」
アルゼイス王の言葉にフィジールは頷く。
「ザーフィング侯にデミトルを預けるのはそのためだ。何かしら利用価値を見つけることができるやも知れぬのでな。殺してしまえばそれまでであろう?」
「御意」
「さて、聞いての通りだ。デミトル元王太子はザーフィング侯に預ける。そしてあの者は現在は王族ではなく平民と思え。単にギルドルクで起こった動乱を避けて我が国に亡命してきただけの者、どう扱おうが大した問題ではない……良いな?」
アルゼイス王の口上に全員が一礼する。
「それではザーフィング侯、この後すぐにデミトルを卿の屋敷へと連れていけ」
「はっ!!」
「それではこれで会議を終わる」
アルゼイスはそう宣言すると会議室を出て行った。
(さて、ジルヴォル=ザーベイル……果たしてどのような男かな)
ジオルグは心の中でつぶやいた。
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