第23話血涙の男

「待っていたぞ。ハーレイン」


 城門で待ち構えていたオークリーダーに連れられて、俺たちは王城内へと足を進める。

 ていうか、普通に綺麗な作りの城だな。

 もっと荒れた感じを想像してたのに。


「おおー!」

「わー、すごい!」


 両開きのドアを開くと、そこはまさに貴族の晩餐会だった。

 足元に敷かれた深紅のじゅうたん。

 ビュッフェ形式で並んだ料理とスイーツ。

 シャンデリアに照らされたホールは、まぶしいくらいに煌びやかだ。

 見るからに貴族っぽいオークたちが、それぞれ小奇麗な格好で歓談に興じている。


「まずは晩餐会から。後ほど頃合いを見て勝負を開始する。それまで存分にくつろぐがいい」


 そう言ってリーダーは、余裕を感じさせる足取りで去って行った。


「あんなおっきなケーキ初めて見たよ!」


 色とりどりのスイーツに、さっそく駆けていく普通の女子・雪村。


「オークの城とは興味深い」


 スピカも姿を消した。


「ていうか女王様、ドレスなんか着てて大丈夫なのか? いざという時に戦いにくいだろ」

「王族として招かれた以上、相応のいで立ちでなければならないからな。もちろん、装備一つで後れを取るほどヤワでもないつもりだ」


 なるほど、さすがは騎士王。

 ただなぁ……正直目のやり場に困るんだよ。

 なんて言うかその、ハーレインさんスタイルがすごいです。

 腰とか足首は細いのに、胸と尻はしっかり出まくってて……。


「そもそも勝機はあんのか? 特訓とかをするような時間もなかったし、剣を使う戦いがなきゃ自堕落クソ女王なんだろ?」

「ハーレイン様には、ここに来る前に十分な食事と睡眠を取っていただきました」

「なるほど」


 よく食べてしっかり寝る。

 欲望との戦いには、これ以上ない対策だ。

 これだけのご馳走にまるで目が取られてないのは、それが理由なんだな。

 執事もよく考えてる。これは普通に勝てるだろ。


「……若くして王位を継いだ私は、幼い頃から民に助けられて生きてきた。街を歩けば誰もが声をかけ、笑顔を向けてくれる。だから今度は私がオークたちに打ち勝つことで、民に安心を提供したい。それこそが王族たる私の宿命にして、一人の人間としての悲願なのだ!」


 その目を、熱くたぎらせるハーレイン。


「お飲み物をどうぞ」


 やって来た給仕オークのトレーには、これまた綺麗なピンク色のドリンク。

 ハーレインはグラスを手に取ると、勢いのままノドへ流し込む。


「さあ、早いところ始めてもらおうか!」


 気合も十分だ。


「いいだろう」


 そんな強気のハーレインのもとに、オークリーダーがやって来た。


「せっかくの大勝負だ。従者二人と女王の……三本対決でどうだ? もちろん従者二人が勝利した時点で、お前たちの勝ちでいい」

「望むところだ」

「なるほど、俺たちも我慢勝負をさせられるのか」

「そのようだな!」


 さっそく目を輝かせるルリエッタ。

 でも二本先取でいいなら、俺たちが連勝した時点で勝利が確定だ。

 これ、意外と余裕だな。


「さあ国の威信をかけた勝負の始まりだ! まずは従者、前に出よ!」

「翔太郎、一人目は誰にするんだ?」

「――――もちろんスピカだ」


 あの頭の良さ、そして欲望や執着なんかを感じさせないたたずまい。

 そもそも賢者と言えば、俗世を捨て去った尊き存在だからな。こんなの圧勝だろう。


「頼むぞ賢者スピカ! 幸先よく勝利をもぎ取ってくれ!」

「ふぁい?」


 振り返ったスピカは、詰め込んだ料理で頬がパンパンだった。

 あ、これ嫌な予感がする!


「ややややっぱやめます! 代わりに雪村を――」

「一人目は、賢者スピカ!!」


 すぐさまスピカの左右にオークが並び、花道となる。

 しまった、遅かった!


「お、おいスピカ、大丈夫だよな?」

「なめてもらっては困る。確かに多くの料理を手に取っていたけど、我慢もできないと思われるのは心外」

「そうだよな。さすがにそうだよな」

「問題ない。何一つ」


 よかった。常識的な反応で安心する。


「さて、今回我々が用意したのは……ハムだ」

「……ハム?」

「伝説と呼ばれた最高級イベリオ豚を使い、極上のタレで表面を焼いた至高の一品。ここで食べなければ二度と味わうチャンスはない。そう、いわばこれは……ユニークボンレス!」


 なんだよ、心配して損した。

 見たこともないようなご馳走とかならまだしも、ハムが我慢できないヤツなんているものか。


「うちの賢者をなめんな! ユニークボンレスがなんだってんだ、そうだろスピカ!」

「――――もぐもぐ」

「スピカぁぁぁぁ!!」

「勝者、オーク!」


 審判オークが、オークの絵が描かれた旗を上げる。


「瞬殺されてんじゃねえよ! お前さっき問題ないって言ってたじゃねえか!」


 両手にボンレスハムの塊を握りしめ、貪る賢者。


「……申し訳ない。VRでないゲームをしていた時は、ハムの塊をかじりながらコーラを飲むのが人生最高の楽しみだったから」

「ちょっと分かるけど……そんなに好きなのかよ」

「狂おしいほど好き。肉を縛ってるこの網を、ちゅっちゅっするのが私の幸せ」

「それは気持ち悪りーよ」

「まあ、見てくださいなあの子」

「手づかみでハムをかじるなんて、人間は野蛮ですわねぇ」

「見ろ、オークの貴族に笑われてるぞ……」

「ぐっ……」

「そのうえ網を持ち帰る気ですわよ、恥ずかしい……」

「行きましょう。うつってしまいますわ、お下品が」

「ええ、うつってしまいますわね。お下劣が」

「拳で分からせる」

「おい待て! 急にどうした!?」


 オークの貴婦人目がけて走り出したスピカは、そのまま拳を振り上げて――。


「おっと」


 給仕のオークにぶつかって、弾きとばされた。


「大丈夫かい、お嬢ちゃん?」

「うーん……」


 倒れて目を回すスピカ。

 弱っわぁ……。


「煽られたくらいでキレるなよ賢者なんだから……ほら手を貸せ」

「くすくす、見ました?」

「ほほほ、まったく見苦しいったらありませんわね」

「クラスは蛮族かしら?」


 ダッ!


「やめろっての!」

「離して! ああいう手合いにはしっかり分からせる必要がある……拳で!」

「賢者ならせめて魔法を使え!」


 暴れ出すスピカを羽交い絞めにする。


「すぐキレる肉食の賢者ってなんだよ、しかも弱えし」


 そんな俺たちを見て、笑うオークリーダー。


「フフフフフ、お前たちの弱点は晩餐会の時点でしっかりと観察させてもらったからな」

「あの時間には、そういう意図があったのか……」


 だからスピカにピンポイントでハムを出せたんだな。

 このオーク、侮れねえ……。


「まずは一勝。さあ次は誰だ?」

「どうするんだ、翔太郎」

「……俺がいく」


 雪村は『目立つ』ためなら何でもしてしまいそうだし、ルリエッタは『面白い展開』に目がない。

 すでに一本取られている今、必要なのは確実な勝利。

 そうなれば、不安要素の一切ない俺こそが正解だ。


「いいだろう。お前には『目のもてなし』をさせてもらう。視線を奪われなければ、お前の勝ちだ」

「視線を奪われなければ勝ち? おいおい、そんなのでいいのか?」

「もちろんだ」


 勝ったな。

 俺は勝利を確信する。

 ただ見なきゃいい。こんなの余裕にもほどがある。


「よろしくお願いします」


 すると勝負の場に、俺と同い年くらいの女の子がやって来た。

 なんだこの子、めちゃくちゃ可愛いな……。

 ツヤツヤの長い黒髪。

 愛らしい顔をした女の子は俺に向けてうやうやしく一礼すると、ワンピースのすそをつまみ……そのまま思いっきりたくし上げた。


「うおおおおおおお――――ッ!?」


 大慌てで顔を背ける。

 なななななんだなんだ!? これはいったいなんだ!?


「ほう、やるな人間。だが勝負はここからだ」


 聞こえて来るリーダーの声。

 俺は決死の思いで、視線を床に集中させる。

 ななななにが始まるっていうんだ!?


「……おいおい。ウソだろ?」

「あの子、あどけない顔してなかなか……」

「なんだよ! 何が起きてるんだよ!?」


 オークたちの言葉が、想像を掻き立てる。

 そんな俺の視界に、さっきまで女の子が着てたワンピースがパサリと……っ!?


「す、すげえ……」

「こりゃ一生もんじゃな。ありがたやありがたや」


 続いて見えたのは、女の子の素足。そして。


「見ても、いいんですよ」

「――ッ!! い、いいやダメだ! これで俺が視線を上げたら、その時点で敗北なんだっ!!」


 だから、俺は我慢する!


「そうですか、それなら」


 ぱさっ。


「……う、嘘だろ!?」


 俺の目前に落ちてきたのは、間違いない。

 黒の、レースの……パンツ。


「す、すんげえ」

「ああ、とんでも……ねえな」

「あ、あああああ……あああ、あああああああッ!!」


 気になる。めちゃくちゃ気になるゥゥゥゥ!!

 でも見ちゃダメだ! 見ちゃダメだ! 見ちゃダメなんだぁぁぁぁっ!!


「おおー! 翔太郎が泣いてるぞ!」


 聞こえて来る、ルリエッタの楽しそうな声。

 …………ああ。

 前の勝負でスピカが勝ってればなぁぁぁぁ!!


「見ても、いいんですよ?」

「ッ!?」

「……恥ずかしい、ですけど」

「い、いやダメだ……それでも俺は、俺は――――絶対に見ないからなああああッ!!」


 叫んで俺は、床に頭を叩きつけた!


「勝者、人間!」


 聞こえて来る、審判オークの声。

 ……か、勝ったのか?

 判定がついた今、もう我慢の必要はない。

 俺がすぐさま視線を上げると、女の子が煙に包まれた。

 やがてゆっくりと煙が晴れていく、するとそこにいたのは一匹のオーク(おっさん)だった。


「……へ、変身だったのかよ! 良かった、本当に良かった……っ!」

「やるではないか」


 半泣きで勝利を噛みしめる俺のもとに、リーダーがやって来た。


「……だから言っただろ。こんなの余裕だって」

「隙あらばハーレインをチラチラといやらしい目で見ていたから、楽勝だと思ったのだがな」

「は、はあ? ベべべ別にいやらしい目でなんて見てないけど? 何言ってるんですか? 証拠はあるんですか?」

「……翔太郎くんのスケベ」

「あはははは、翔太郎はスケベなのかー!」


 不服げな表情で顔を赤くする雪村と、「いやーん」と笑うルリエッタ。


「もぐもぐ」


 スピカはまーだハムを食ってる。


「お前たちは何も分かってない。俺はとんでもない強敵に僅差で打ち勝った上に、あやうく心に深い傷を負いかけたんだぞ!」

「「「……?」」」


 首を傾げる女子三人。

 俺がどれだけ偉大な戦いを制したのか、女子には分からねえってのか……。


「これで一勝一敗か。どうやら余興にはなってくれたようだな」


 オークリーダーは、不敵な笑みを浮かべる。


「互いの国を賭けたこの勝負も、次で決まるぞハーレイン」

「望むところだ」


 騎士王ハーレインは、真正面から受けて立つ。


「私の勝利で、戦いの歴史を終わらせてやるっ!」

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