第250話 モモペース

塚のまわりを綺麗にした後で、持って来た花の種をキーコに渡して好きなように植えさせる。

毎日早朝に塚へ来る事が、俺の日課だと伝えると、キーコは自分も日課にすると喜んでいた。


毎日の山歩きは、キーコの体力回復には具合が良い、自分の体験から推し量り、反対する理由は何処どこにもなかった。


ガキの頃に桃代が俺にしたように、これからはキーコにも色々なモノに触れさせて、体験してもらうつもりだ。

下りの山道を転ばないように、キーコと手を繋ぎ、そんな話を聞かせる。


ただ、桃代のおかげ? 桃代の所為せい? とにかく、妙なモノがあふれているあの家だ、どこまで触れ合っていいものか、その辺の判断が難しい。


「ねぇ、紋次郎兄ちゃん、庭に三角の大きな建物があるでしょう。アレは桃代姉さんの王墓って聞いたけど、それって、言葉通りの意味なの?」

「そうだよな、普通は気になるよな。最近の俺は、桃代のやる事に疑問を持たないようにしてたから、当たり前に受け入れてるけど、あんな物を作る桃代は、やっぱり変なヤツだよな」


「そんな事はないでしょう。あそこに立派な装飾品を付けて、黄金の埋葬品と一緒に紋次郎兄ちゃんと埋葬される。それが桃代姉さんの夢なんでしょう」

「あのなキーコ、その夢には続きがあって、あそこに埋葬された俺は、千年後にミイラ男として生き返り、世界を恐怖のどん底に突き落とすらしい。桃代は三千年後に発見されて大ニュースになるらしいぜ」


「えっと、それは、モンちゃんがあたしを揶揄からかってる訳でなくて、桃代姉さんが本当に言った事なの?」

「そうだ、アイツは一見普通に見えるけど、一皮むけば狂気の変人だぜ」


「ぷっ、桃代姉さんって最高! あたしも千年後に紋次郎兄ちゃんと一緒に生き返るようにして貰う」


不味い、キーコが桃代に感化され始めた。

これ以上、この話題を続けてはいけない。


俺はたりさわりのない話題を選び、キーコに話を振り続けていると、根が素直なキーコは、何を話しかけても興味を示し、それに対して質問を返した。


さぁ、楽しく山道を下りてきたが、これからいよいよ正念場だ・・・あまちゃんが帰っていればいいな。

俺の小さな希望は、玄関を開けた瞬間に、桃代とあまちゃんの笑い声で消し飛んだ。


このまま逃げる事も叶わず、キーコの紹介をする為に居間に行くと、珍しく上機嫌なあまちゃんが迎えてくれた。


「紋ちゃんお主、モモから話は聞いたぞ。穢れの結晶を持ち帰るとは、たいしたものじゃ。これからも励めよ」

「いえいえ、それはここに居るキーコの死んだ両親の手柄です。俺は関係ないです。はい」


「そうか、ではキーコとやら、死んだ両親の代わりにお主に褒美をつかわす。何なりと好きな事を申せ」

「へっ? あたしですか? いえ、あたしはここで紋次郎兄ちゃんと、一緒に暮せるだけで満足ですから。すみません、気を遣って頂いて」


「なんじゃ、欲のない子供じゃのぅ。まぁよい、何か困った事があれば、われに相談するが良い」

「あ、あの、桃代姉さん、こちらの物凄い神力しんりょくの御方は、どちら様でしょう?」


「このかたはてんちゃん、わたしの知り合いよ。困った事があれば相談に乗ってくれるんだって、良かったねキーコ」

「あ、いえ、お気遣い本当にありがとうございます。その時が来れば、頼りにさせて頂きます」


キーコは緊張している。

あまちゃんが何者なのか、肌で感じているのだろう。


苺は更に緊張している。

もともと水神の遣いだからな、あまちゃんに脅威を感じているようだ。

もちろん、ユリも同じ状態なのだが、足が痺れているのだろう、二人とも脂汗を流している。


ふふふふ、チャンスだ。

俺は台所に行くフリをして、ユリと苺のつま先に蹴りを入れると、奴らは声を出さない悲鳴を上げていた。


そのまま台所に入り、台所から廊下に出ると、トイレに行くフリをして自分の部屋に逃げ込んだ。

あとは、あまちゃんが帰るまで、この部屋に籠城していればいい。


籠城をするつもりなのだが、部屋に違和感がある・・・よく見ると俺の荷物が無い。

桃代に私物に、かなり侵食されていた部屋だが、俺の僅かな私物が何処どこにも無い。


あれ? 部屋を間違えた? いやいや、自分の家で、自分の部屋を間違えるほどバカではない。

間抜けな顔でボーっとしていると、後ろの廊下から、桃代とあまちゃんの声が近付いてきた。

どうやら、穢れの結晶を早く処分する為に、今日はもう帰るようだ。


俺を含め全員で、あまちゃんを庭先まで見送り姿が見えなくなると、苺を皮切りに、キーコとユリは緊張から解放されていた。


「桃代、穢れの結晶は全て渡したな。あんなモノが母屋にあると、またトンデモない事が起きるからな、ちゃんと渡しておけよ」

「当たり前でしょう。ひとつ残らず渡したよ。さあって、全員出掛ける用意をしなさい。冷蔵庫の中がカラだからね、食料品の買い出しに行くわよ。それとキーコと苺のスマホも買うからね」


「やりましたわキーコさん! 桃代さんがスマホを買ってくれるそうですよ」

「ありがとう桃代姉さん。モンちゃん、これで何時いつでも話が出来るね」


「いいかキーコ、同じ屋根の下に居るんだから直接話せ。それよりモモ吉、俺の部屋の荷物が無くなってるのはどういう事だ?」

「へぇ? あ~あの部屋。あの部屋はキーコが気に入ったんだって、だからキーコの部屋になったの。紋ちゃんの荷物は、常にわたしと一緒に居るように、議長室に移したよ」


「おまえは、何時いつも事後報告だな。部屋を明け渡すのは構わない。だけど、議長室でくつろぐつもりはない! さっさと俺の私物を寝室に運んでおけッ!」

「うっ、そんなに怒らなくてもいいじゃない。いいわよ、議長室の机も寝室に運ぶから、朝起きて夜寝るまで、ずっとわたしと一緒だからね」


「子供かッ! つまらん事でねるなッ! もういいッ、荷物は俺が運んでおく、おまえは早く買い物に行ってこい」


人が増えたので、しばらくはドタバタするだろう。

まあ、キーコが喜んでいるので、部屋の事は諦める。


離れの議長室から荷物を運ぶ俺に、桃代は一緒に行こうと声を掛けるが、俺は断る。

これ以上、桃代のペースに巻き込まれるのがイヤだからだ。


嫌がる俺に、珍しく桃代は無理強むりじいをしない。

おそらく、俺の体調を心配しているのだろう。

梅さんが車庫から車を出すと、桃代も車を出して二台で出掛けた。


俺は荷物を運び終わると、お好み焼きとアイスを買いに行く事にした。

昨日、龍神と約束をしたからな。


お好み焼きを食べ終わり、龍神と一緒にアイスを食べながら、ここ数日の騒動を思い出し無事に終わった事に安堵する。


しかし、遠くの方からタイヤの鳴る音が聞こえ、庭先に居る俺と龍神の前で、急ブレーキで止まると、桃代の車からキーコとユリ、梅さんの車から桜子と苺が、死にそうな顔を出て来たので、まだまだ俺の騒動は終らない。


いくら私有地でも安全運転はしろよな。


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