第248話 悪夢のファイナル

冷凍庫の中を見た龍神は、絶望的な顔をしている。

不貞腐れると面倒なので、【明日になれば買いに行く、一緒にお好み焼きも買ってやる】その二言ふたことで、ご機嫌な顔に変わった。


やっぱりチョロいヤツだ。


龍神も疲れていたのかも知れない、デカい頭を居間に入れると、長い胴体は玄関前まで廊下を占領したまま眠り始めた。


俺も寝室に行くと広いベッドに横になる。

今日は何事もなく眠れる、寝付くまでエジプト神話を聞かされる、子守歌と称してヨーデルを聞かされて、耳がこそばゆくなる、そんな事はない。

夜中に、抱き枕にされて身動きがとれない、変な技を掛けられて苦しむ、そんな事もない。


俺はしばらくぶりに安眠が出来た。いや、出来るはずだった。


むかしは、浅い眠りのレム睡眠中に夢を見ると考えられていたが、今は違うらしい。

深い眠りのノンレム睡眠中でも夢は見るらしい。


俺はまた、あの夢を見ている。


あお兵衛べえ、どうしておまえは俺の夢の中に勝手に出て来る! いい加減にしないと、出演料を徴収するぜ。

それとも、もう一度ドツいて鼻血を流してやろうか? 夢の中ならなんでも有りだからな。

夢の中でそんな事を考えていると、誰かがあお兵衛べえの頭をシバいた。


よく見ると、オッパイの大きいキーコがシバいている? んっ・・・そうじゃない、アレはキーコの母ちゃんの茜さんだ。


「紋次郎さん、お世話になりました。鬼子きこが良くしてもらっているのに、あお兵衛べえのヤツが散々悪態をついたそうで、今は反省を促してるところです」

「そうですか、いちいち報告に来なくてもいいですよ。出来ればゆっくりと眠りたいので・・・あお兵衛べえ! おまえとは、お別れをしただろう、別れがしらけたモノになるから出て来るなッ!」


「そう言われても、茜がお礼を言いたいって、わしを殴るんだ。お願いだ、紋ちゃん助けてくれ!」

「なんでお礼を言うのに、おまえが殴られるんだ。意味がわからないから、俺を巻き込むな」


「申し訳ないですね紋次郎さん、まずはお礼をさせてください。ありがとうございました。それから、鬼子きこをこれからも宜しく頼みます。これは言っておきたかったもので、失礼をしました」

「茜さん、俺ではなく、キーコの夢の中で、何か言ってあげたらどうですか? その方が喜ぶと思うのですが?」


「それが出来ないのです。こうしてお礼を言えるのは、あなたが特別だからです。あなたの体質のおかげです。わたしを含め他の鬼たちも、人に感謝が出来るようになり、わだかまりも消えました。あなたがこちらに来る時は、鬼を集めて歓迎をしますので、早くこちらに来てください」

「え~っと、歓迎をされても、うれしくないので、そちらには行きません。というか、お礼を言いに来たんですよね? まるで死地に誘うような言い方・・・ちょっと納得いかないですぜ」


「うふっ、もちろん冗談です。紋次郎さんは鬼子きこの為にも、長生きをしてください。無茶をして命を粗末にすると、地獄の罰が待ってますよ」

「怖い、怖い、まるで桃代のような言い方だな。乳のデカい女はみんなそうなのか? おいッあお兵衛べえ! 早く茜さんを連れて帰れ! 二度と俺の夢に出て来るな。次に出てきたら、おまえが枕元に立って、俺を寝不足にするって、キーコにクレームを入れるからな!」


「ぷピ~そんな事をされたら、わしが鬼子きこに嫌われるだろう。紋次郎、お願いだから変な事を鬼子に吹き込まんとって」

「いいから、茜さんと一緒にさっさと帰れッ! 俺は墓を作るのに明日から忙しい。それくらいわかるだろう」


「ありがとうね紋次郎さん、鬼子きこに生きる希望を与えてくれて。本当はね、これを伝えたかったの。あなたのおかげで、鬼子きこは悪鬼にならずに済みました。本当にありがとう」

「いや、キーコはもともと良い子なんだから、悪鬼になんかならないですよ。あの子が健やかに成長をするように見守っててください」


「ありがとう、それではさよならです。他の鬼たちも、あなたが無念を受け取り、流してくれたおかげで常世へ行けます。元気でね、紋ちゃん」


夢の中の茜さんとあお兵衛べえは消えた、夢に出て来る事は二度とないだろう。

感謝のつもりなのか、最後に茜さんは俺の頬にブチュ~っとして消えた。

それを見ていたあお兵衛べえの顔は、まさに鬼だった・・・。


茜さんに叱られたくせに、おまえは何も反省してないだろう。なんだ! その恨みのこもった眼つきは! 中指を立てたまま消えるなッ、俺が強要したんじゃない!


ムカムカするが、そのまま眠り続け、翌朝いつもの時間に目を覚ました。


まずは桃香の塚に行き、芝生に水を撒き、神社の拭き掃除など、何時いつもの日課をこなし、念の為にかめの確認をすると異常はなかったので、素直に母屋に戻る。


バケツを置いて玄関を開けると、そこには桃代が立っていた。


「桃代さん、ビックリするから、この手の悪戯いたずらはやめてくれません。それと、こんな早い時間によく帰れたな。他の奴らはどうした?」

「・・・? う、うん。ほら、バルボッサが連絡船代わりに港まで送ってくれて、あとはタクシーに乗ったから。早朝だし、思ったよりも早く帰れたの」


「そうか、キーコと苺も連れて来たんだろう、何処どこに居る? 桜子や梅さんと一緒に離れでも見てるのか?」

「・・・ねぇ紋ちゃん、ほっぺが赤いけど、どうしたの? 虫刺されではないよね。どう見ても、わたし以外のくちびるマークなんだけど」


えッ! ヤバい! 朝起きて鏡を見てない。

いやいや、それ以前に、夢の出来事が現実にあらわれるはずがない。

あお兵衛べえの時みたいに、自分で自分を殴った訳ではないからな。


それなのにピンポイントで、桃代の細い指先が、ブチュっとされた辺りを撫でている。


悪夢は完結したはずなのに、リアルの悪夢は続きそうだった。


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