第222話 録音

俺が不機嫌な顔をして居間に行きソファに座ると、桃代とキーコは傷の手当てをしてくれる。

苺も二人の手伝いをして、俺に気を遣ってくれる。


しかし、テーブルの向こうではユリと桜子、そして龍神が怪訝な顔をして俺を見ている。なんだこの図式は?


ユリはこの島に来る前後に、桜子は過去に何度も助けてやった、龍神には常におやつを分けてやっている。

それなのに、その恩を忘れたように俺をバカにした目で見やがってッ! 今に見ていろッ。


それはそうと、桃代の見解は完ぺきだった。

どうしてそこまで、俺の思考が読めるんだ?


「ユリ、頭がおかしくて悪かったな。キーコの願いを叶えたら、俺はすぐにこの島を出て二度と来ないから安心しろ。桜子、梅さんの面倒はちゃんと見てやる。だから、おまえもユリと一緒にこの島に残ればいい。龍神、おまえもこの島で、ユリと桜子の三人で仲良く暮らせ」

「げっ、なんでワシまで! ワシは紋ちゃんに対して、何も否定的な事を言うとらんのに、なんでそげな事を言うんじゃ!」


「ご、ごめんなさい紋次郎君。助けて貰ったのに酷い言い方をしたかも知れません。もう、頭がおかしいって言いませんから許してください」

「わたしは疑問を聞いただけでしょう。なんでそんなに怒るのよ。あれだけヘビ恐怖症の紋次郎君なのに、疑問に思うのは当然でしょう!」


「うるさい、おまえ達とは当分のあいだ、口を利いてやらないから、俺に話しかけるな。キーコ、準備をしろ。鬼島ぎじまに行くぞ」

「えっ、今から? 今からはダメだよ、モンちゃんは無理をし過ぎ。怪我をして疲れもあるはずだから、今日はゆっくり休まないと。そうだよね桃代様」


「そうね、キーコの言う通りよ。今日はしっかり休んで疲れをいやしなさい。夕飯は、早く疲れがえるように、紋ちゃんの大好きなエジプト料理をわたしが作ってあげるから、楽しみにしてなさい。そうと決まれば、キーコ買い物に行くわよ。苺も現代社会に慣れる為に、ついて来なさい」

「うふ、買い物、楽しみです。こんなにきれいな着る物がたくさん売ってる訳ですね。桃代さん、人間社会の現代生活を色々教えてくださいね」


桃代はキーコと苺を連れて、エジプト料理の材料を買いに出かけた。

まあいい、アイツの料理は美味しいからな。

だけど、何時いつの間に、俺はエジプト料理が大好きな設定になったんだ?


桃代の中では自分が好きな物は、当然俺も好きと思われている?

もしもそうならば、非常に怖い、この先ミイラになる以外、自分の人生の終着点が見つからない。


さて、桃代たち三人は、俺の傷の手当てが終わると、楽しげに買い物へ出掛けた。

残りは、当分のあいだ、口を利かないと宣言した二人と一柱ひとはしらだけだ。

俺は宣言通り、しばらく口を利かないつもりだ。

目を閉じて静かにすると、桃代に言われた通り、キーコの母親の遺骨を探す方法を考える。


向こうの方では、俺に聞かれたくないのか、小さな声で二人と一柱ひとはしらが内緒話を始め、それが終わると、ワザとらしい会話を始めた。


「ねぇ、龍神君。さっき、桃代姉さんが話した内容は全部本当の事なの? 本物の紋次郎君は既に死んでいて、今ここに居る紋次郎君は幽霊、なんて事はないわよね?」

「うむ、さくらちゃんは中々鋭いのう。実はのう、ヘビの姿をした苺に巻き付かれた時、紋ちゃんはショック死をしてしもうた。あそこにおるのは、ワシが神力しんりょくで動かしとる亡骸なきがらじゃ」


「やっぱり、紋次郎君がヘビに巻き付かれて平気な訳ないもんね。惜しい人を亡くしたわ」

「桜子さん、このままでは桃代さんが不憫です。早く元気になるように、紋次郎君の亡骸なきがらをミイラにしてしまいましょう」


黙って聞いていたが、このままではイライラが止まらないのと、本当にミイラにされかねないので、俺は仕方なく前言を撤回する事にした。


「・・・おいッ、おまえ達、ボケるのも大概たいがいにしないと、俺にも考えがあるぜ」

「だぁって、紋次郎君が口を利いてくれないから・・・わたし、本当はすごく心配してたんだよ。何時いつもやらかす紋次郎君を見てたからね」


「今更そんな言い訳で誤魔化せると思うなよ。いいか桜子、今のおまえ達の会話を、スマホに録音した。これを桃代に聞かせると、どうなると思う?」

「ヒ~~ッ、勘弁してください紋次郎君。それをされると、桃代姉さんまで口を利いてくれなくなります」


「だから、わたしはイヤだって言ったんですよ。ごめんなさい紋次郎君。紋次郎君をおちょくる会話をすれば必ずツッコんでくれる、口を利いてくれるようになるって、桜子さんと龍神様にそそのかされたんです」

「げっ、ユリ、それはないじゃろう、ワシは【どうしたらええ】って聞かれたけぇ、答えただけじゃのに。紋ちゃんはわかってくれるじゃろう?」


「何度も言うが、俺はおちょくられるのが嫌いだ。まあ、口を利かないなんてガキ臭い事はやめてやる。面白い会話が録音できたからな」


俺はスマホを見せながら、大きな声で笑い飛ばす。

ユリと桜子、あとは龍神、この音声データがあればしばらく俺の言いなりだ。


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