第190話 花言葉

休憩時間になると、俺は桃代が話した内容をノートに書き留めている。

桃代は、鬼門おにかどの爺さんと婆さん、それから梅さんに聞いた寺の話や場所を含めて、地図そのものもノートに書き写している。


ユリと、ユリの母親は、冷たい飲み物をみんなに配り、他の奴らはくつろいでいるが呑気のんきな奴ら・・・俺一人だけもどかしい、だけなのかも知れない。


俺はノートの整理が終わると、顔を上げてまわりを見渡すが、くつろいでいたはず鬼門家おにかどけの人間が、グラスを手にしたまま死後硬直のようにピクリともしてなかった。


ん、なんだ? だるまさんが転んだのか?


微動だにしないユリに近付いて、頬をつねってみるが・・・反応がない。

なるほど、どうやら時間が止まったようだ。

今なら、ユリに気付かれることなく、腰の辺りにある結び目を解く事が出来る。


まあ、当たり前なんだが、そんな事はしない。

すれば、必ず桃代にバレて、死ぬほど折檻を受けるからだ。


などと、相も変わらずバカな方向に思考が働くが、ユリの視線の先に硬直の原因を見つけ、原因が声を掛けてきた。


「紋ちゃん、あれだけ気を付けろって言うたのに、なんであげな子と仲良うしとるんじゃ、このバカたれが!」

「あれ? おまえ、キーコと俺が一緒に居たのに気付いたの? って、ちょっと待て。桜子、悲鳴を聞きたくないから、ユリの口を塞いでいろ」


「あっ、そうね、わたしの時と同じになるよね。も~う、ユリさんが架空の生物は居ないなんて言うから、こうなるんですよ」


取りあえず、絹をつんざくような悲鳴を回避させると、桃代は龍神の紹介を淡々と終わらせる。

しかし、紹介が終わっても、鬼門家おにかどけの人たちの硬直が解ける事は無かった。


その後、鬼門おにかどの爺さん婆さんが、本当に死後硬直をしているのではないか、心配になった梅さんが声を掛けると、やっと動けるようになった。


「も、も、ももよさん、こ、これは? この化け物はなんですかッ!」

「化け物って、いま【龍神様よ】って紹介したでしょう。化け物なんて言うとバチが当たるわよ。さてと、架空の生物の証明は済んだから、気になるところを潰していきましょう」


「あっ、あの~龍神様だけでは、何もわからないのですが・・・お願いします、もう少し詳しく教えてくださいッ。わたし、怖くて死にそうですッ!」

「悪いなユリ、先に話をさせてくれ。なあ龍神、キーコの様子はどうだった? 何か妙な行動をしてなかったか?」


「んっ、あの子はキーコちゅう名前なんか。なんで監視をするのかわからんが、今のところ大丈夫じゃろう。きれいなべべをよごさんようにボロいべべに着替えて、岩壁の穴の中で、嬉しそうにしとったで」

「べべ? ねぇ、紋ちゃん、べべは紋ちゃんが買ってあげたもの? 何着購入したの?」


「服って言え。腹立つから龍神の真似をするな。服は4着だけど、それがどうした? ちゃんと桃代さんを参考にして、購入しましたよ」

「そう、わたしを参考にしたの。じゃあ、それについては何も言わない。古い服に着替えたのなら、残りの3着をまだ着てない事になる。あと三日の猶予が出来た。それまでに解決の目処を立てればいい」


「三日の猶予って、そんな悠長な事を言ってる場合か? キーコは今にも復讐を実行しそうな勢いだったのに」

「だからね、復讐相手は居ないの。それから、ユリと桜子ならわかるでしょう。お気に入りの子に服をプレゼントされたら、大切にして必ず一度は着る。そう考えれば残り3着分が三日の猶予になるの」


「すみません桃代姉さん。わたしは気になる異性にプレゼントを貰った事がないので、わかりません」

「うっ、わたしも桜子さんと同じです。参考にならなくてすみません」


「あなた達って、本当に役に立たないわね。少しはキーコの気持ちを理解してあげなさい。紋ちゃんは、わたしの考えをどう思う?」

「俺にはキーコの気持ちはわからない。だけど、桃代の言う事なら信用する。あとはさっき言ってた、気になるところを聞かせてくれ」


「少し待ってくれる。紋ちゃんが余分に服を購入して、龍神様がキーコの様子を伝えてくれたから、時間の余裕が出来た。だから、もう少し調べてさせて。それと一つ確認、紋ちゃんがこの花を見た時は、花の色は黒くなかったのね?」

「そうだけど、これはキーコが供えた花なのか? あの小さな墓石ぼせきは百合の墓石ぼせきなのか?」


「うん、墓石ぼせきは確認したから間違いない。キーコが鬼ユリを髪飾りにしてたのなら、これを供えたのはキーコ。まだ、鬼ユリが咲く時期には早いから、そうそう手には入らない。じゃあ、誰がこの花を黒くしたの?」

「そんな事を言われても、俺にわかる訳ないだろう。桃代さんはこの花の、何がそんなに気になるの?」


「あのね、黒ユリの花言葉は【呪い】偶然かも知れないけど引っ掛るの。呪いの根源が他に居るような気がする」

「・・・えっ!?」


そういえば、桃香の塚に花が咲いた時、桃代に花言葉をレクチャーしてくれたっけ。

興味が無くて聞き流したら、酷く怒られた記憶がある。

花言葉に関しては、偶然かも知れないが、偶然だとしても、嫌な偶然だ。


あとは、桃代の言うように呪いの根源が他に居るのなら、キーコが巻き込まれる危険もある。


どうしたらいい?・・・って、考える必要はない。

俺がキーコの元に行けばいい。


そのうえでキーコを保護して守ってやらないと、何に巻き込まれるか、わかったものじゃない。



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