第141話 ケーキ

俺達は一度休憩をはさむと、桜子が持参した弁当を頂いたあとで、食後のお茶を飲みながら、落ち着いて話の続きをする事になった。


「それで、どうして龍神様は集落跡の事を、紋ちゃんに伝えたんですか? わたしと同じように、怯える紋ちゃんを見て楽しむ為ですか? もしもそうなら、フグの卵巣の刑ですよ」

「桃代さん、怖い怖い。紋ちゃんに何かあるとワシは困るんじゃ。ワシは紋ちゃんが好きなんじゃ。紋ちゃんをおちょくるのが好きなんじゃ」


「わかるッ龍神君。わたしも紋次郎君を揶揄からかうのが大好き。だって予想通りの反応をしてくれるから」

「うっ、昔は無表情無反応だった紋ちゃんが、こんなにみんなにかれて、わたしの教育は間違ってなかった」


「いいか、おまえ達。そんな言い方をされて、俺が喜ぶとでも思っているのか? 俺をオモチャにして楽しんでいると、今すぐ全員ここから追い出すぞ」

「そげな事をしたら、さっき山の中で手招きをしとった、女の幽霊が紋ちゃんに憑りつくで。ワシがここにおるけぇ、近付いてこんけど、今も庭の外をウロウロしとったで」


「やめろッ龍神! もしも本当に庭先をウロウロしてたら怖いだろう」

「ちょっと待ってください龍神様。さっき山の中で手招きした女の幽霊ってなんですか? 紋ちゃんのあとを付いてきたんですか?」


「そうそう、山の中で手頃な木を見つけた時な。ワシの背中から降りて木を見とったはずが、どっか他の場所にいくけぇ【どしたんなぁ】思うたら、幽霊に手招きをされとった」

「紋次郎君、その時に何か声とか聞こえなかったの?」


「そんな事を言われても、俺は何も気付かなかったし、そっちの方に良いモノがあるような気がしたから?」

「う~ん、紋ちゃんはハブの助を退治した時に、助けに来てくれた過去に見つけた亡骸の亡霊は見えてたんでしょう。今回は見えなかったの?」


「あれ? そう言えばそうだな。あいつ等は見えてたな、桃代さんなんで?」

「紋次郎君、見えるかどうかこっそり見てみなよ。わたしが帰る時にまだ居たら怖いじゃない」


「桜子、おまえは結局自分の事だけだな。いいよ見て来てやるよ、誰も居なかったら早く帰れ」


俺は胸を張って居間を出ると、忍び足で廊下を歩き、ビクビクしながら少しだけ玄関をける。

けた隙間から目を細めてジッと庭先を見詰めると、確かに女の人が立っていた。

ヤバい! 本当に居た! 龍神のヤツ、なんで連れて来るんだよッ。


俺は龍神に責任転嫁をすると、急いで居間に戻り、龍神に文句を言おうとする。

そこで呼び鈴が鳴り、桃代が見に行くと、あまちゃんを連れて戻って来た。


「紋ちゃんおぬしわれを見かけて逃げるとは、どういう了見じゃ?」

「へっ? あまちゃんさん? いえ、あの、すみません。逃げたのではなくて、龍神が庭先に幽霊が居るって言うもので、確かめただけなんです」


「なんじゃ、龍神ッ。貴様はわれを幽霊扱いするつもりか。そのつもりなら首をねて貴様を幽霊にしてやるぞ?」

「いえいえ滅相もありません、です。紋ちゃんに憑りつこうと、女の霊がついて来てたんじゃ・・です。そうじゃろう紋次郎」


「あまちゃんさん、桃香の塚を綺麗にして頂きありがとうございます。オイラはお礼に甘い物を買いに行ってきますので、どうぞごゆっくり」


俺はリュックを背負うと、逃げるように母屋を出る。

龍神の、裏切り者~っと叫ぶような視線を浴びながら・・・・事実逃げただけなのだが。


買い物には時間を掛けて、その後はのんびりと歩いて帰る。

もちろん、そんな事はしない。

すれば【待ちくたびれた】そんな感じで怒られるのが、わかっているからさっさと帰る。

桃代と俺、桜子と龍神、あまちゃんに二つ、計六個のケーキを買うと母屋へ急ぐ。


母屋に着くと敷地の外に具合の悪そうな人が居たので、急いで玄関に入り、迎えに出て来た桜子にケーキの入る箱を渡して、そのあとで介抱に向かう。

桜子が何か言ってるようだが、俺はえて気にしない。

具合の悪そうな人は膝をつき、荒い呼吸をしていたので、背中をさすりながら声を掛けてみた。


「あの~~ 大丈夫ですか? 病気や怪我でしたら救急車を呼びますよ」

「いえ、少し休めば大丈夫です。それよりも、気付いてくれてありがとうございます」


「もしよかったら、ウチで休みます? 変なペットが一匹いますけど、俺以外はみんな女の人なんで安心ですよ」

「いえ、そんな、迷惑はかけられません。それよりも貴方にお願いがあります」


「お願い? オイラ、赤の他人ですぜ。オイラを信用してくれるなら、ライトな願いは聞きますけど」

「ありがとうございます。あの、実はですね・・・」


「おいッ紋次郎! 早うこっちに来んかいッ。あんたの所為せいで、ワシは首をねられそうになったんでぇ、一緒になって謝らんかいッ」

「ま~た俺の所為せいにしようとする。その程度は、おまえの愛嬌で切り抜けろ。それよりも、こっちに来るんじゃねぇ。おまえは自分が何者なのか忘れたのかッ」


「だぁって、さくらちゃんが【紋次郎君がまた奇行に走っとる】って、タメ息をくけぇ様子を見に来てやったのに、一人でぶつぶつ喋っとるけぇ、もうダメじゃと思うたんじゃけど、念の為に声を掛けたんでぇ」

「テメエ、もうダメってどういう意味だ。よく見てみろ、ここに具合の悪そうな女の人が・・・・いない・・・あれ? なんで?」


「じゃから言うたじゃろう。紋ちゃんに憑いて来とったって。少しはワシを信用せんかい」

「・・・えっ? でも普通の人に見えたし、具合が悪そうだったから・・・なあ、龍神、手招きしていた幽霊がいた場所に、もう一度俺を連れて行け。真相を確かめる」


「やめた方がええで。どうせろくな事にならんのじゃけぇ」

「ばかッ、このままにして、もしも桃代に取り憑いたら困るだろう。おまえは明日から断食修行に突入するぜ」


「あっと、そりゃあマズいのう、ホンマにそうなりそうじゃけん、紋ちゃん早うワシの背中に乗りんさい」


そういう事で、俺と龍神はまたしても山に行く。

桃香の塚がある山を越えて、その先にある別の山にまで進んで行く。

鬱蒼うっそうと木が生えた、ひと気のない静かな森の急な斜面・・・龍神が見たと言う場所にあっさり着いた。


確かに女の人が立っている。

敷地の外で具合が悪そうに、膝をついていた女の人だ。

龍神の背中から降りて声を掛けると、その人は安心したような笑顔を見せて、その場から消えて見えなくなった。


俺はリュックの中から軍手を出すと手にはめて、いま女の人が居た場所の落ち葉を払い、何かを探す。

そこには、上は丸みを帯びて、下が平らな長方形の古びた石があった。

手に取ってでてみると、どうやらそれは墓石のよう見える。


「なあ龍神、昔はこの辺に墓地があったのか?」

「あのな、こげな場所に墓がある訳なかろうが。どうやってお参りに来るんじゃ。でも、頂上のひらけた場所になら、なんかあったかも」


「よし龍神、俺をそこまで連れて行け。両手が塞がっているから、ゆっくりな」

「まあ、ええけど。なあなあ、ワシにもケーキをうてくれたんか?」


「当たり前だろう。おまえだけ除け者にするような、しみったれた真似ができるか。苺のショートケーキだ、奮発したぜ」

「うっ、やっぱり紋ちゃんはええヤツじゃのう。じゃあ早う行って、早う帰ろう」


この時の俺は、どうして何時いつもの流れを考えなかったのだろう。


龍神の背中に乗って頂上のひらけた場所に出ると、ヤツの記憶通りの場所に、見つけた石と同じ物が、台座の上に二つ並んでいた。

おそらく昔の墓なのだと思うが、もしかすると何かの道案内なのかもしれない。

ただ台座は三つ、見つけた石はここから落ちたのだろうと推測して、何も無い台座の上に立ててみるとピッタリだった。


俺は墓だと思い、まわりの雑草を抜いて軽く掃除をしたあとで、三つの墓に線香を供えて手を合わせると拝む。

自慢ではないが、俺のリュックの中には何時いつも線香が箱ごと入っている。

桜子が勝手に買って来て、無理矢理リュックに入れられた。

理由を聞くと【バカッ!】としか答えなかった。もちろん料金は請求された。


「なあ龍神、どうしてこの墓石だけ落ちたんだと思う? 猪とか鹿が蹴飛ばしたのかなぁ?」

「あ~~っ、そう言えば、桃代さんが当主になる前に、腹が空いて、この辺で猪を追い回した事があったのう。そうなるとワシの所為せい、ちゅう事になるんか?」


「おまえはホント、がさつなヤツだなァ。まあいい、次から気を付けろよ。さぁ早く帰ろうぜ、ケーキが俺達を待っている」


すでに夕方、俺と龍神が母屋に着くと、あまちゃんは玄関から出て来るところだった。何処どこに帰るのかは知らないが、今日は帰るようだった。


「帰ってきたか紋次郎。今日は塩梅あんばいじゃった、これからも励めよ」

「はい、頑張ります。桃香の件、本当にありがとうございました」


俺は頭を下げてあまちゃんを見送る。

頭を下げたまま見送っていると、ご機嫌な顔をして何時いつものお供の人が二人、軽く俺の肩を叩いて、あまちゃんに続く。


・・・・・・・・あれ? あまちゃんの迎えに来たの?

・・・・・・・・あれ? 何時いつ来たの?

・・・・・・・・あれ? 塩梅あんばい? この流れって、まさか?


俺の気持ちの半分は、すでに諦めている。

見送ったあとで、母屋に入って居間に行くと、やっぱりの状態だった。


仕方がない、桃香の塚を綺麗にしてくれたお礼だ、不満を持ってはいけない。

だから、そんな恨みがましい目で俺を見るな、龍神。


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