第137話 嫌な話

桃代は河原から平たい石を拾うと、川に向かって投げている。

サイドスローから投げ出されるその石は、水面を跳ねて、向こう岸まで飛んでいく。

・・・・・子供かッ! しかも男子の子供!


蘭子さんの件で肩透かしをらい、どうでもよくなった俺は帰ろうとする。

しかし、蛍を見ようと桃代に言われ、もう少しここに居る事になり石の上に座り直すと、桃代がぽつりぽつりと話を始めた。


「この辺りの山はねっ、昔から変なモノが出るので有名だったの。わたしは大蛇おろちの事を聞いていたから、その所為せいだと思って気にしなかったんだけど、わたしが高校一年生の時に、三年生の子が三人、山に探検に入って見たんだって」

「見た、何を? 龍神のヤツが、その三人に見つかったのか?」


「違う、違う。龍神様ではなくて、何か獣? そんな感じの化け物を見たんだって。そして襲われたの」

「襲われた? それって大問題だろう。それで襲われた子はどうなったんだ?」


「うん、凄く問題になったわよ。男女3人で探検に行って、男子二人は無事だったけど、逃げ遅れた女の子は重傷。戻って来て来た時は、片腕を喰い千切られていたそうよ」

「うっ、女の子なのに可哀想かわいそうな事をしたな。それで、その化け物の方はどうなったんだ?」


「まぁ、化け物の方は熊か猿だろうって、特に山狩りとかは無かったわよ。でも襲われた女の子は【あれは熊でも猿でもない】って、認めなかったらしいよ。だけど誰も信じなかったみたい」

「酷い話だな。男二人は、なんで女の子を助けないで逃げたんだ。クソみたいな奴らだな」


「そんな事を言ったって怖かったんでしょう。それでその女の子はね、片腕を失くしたうえに、誰にも信じてもらえないから、だんだんおかしくなり始めて、最後は自殺したんだよ」

「あ~っ、救いのない話だな。その子は桃代の知り合いだったのか?」


「ううん、全然知らない子。でもね、まだ続きがあるの。わたしが大学生になってから高校の同窓会があってね、その時に先に逃げた男子二人も交通事故で死んだって、教えられたのよ」

「いよいよ、救いのない話だな。でも交通事故だったら、山の化け物は関係ないだろう」


「それがね、免許を取った子が親の車を借りて、もう一人の男の子をドライブに誘ったらしいの。それでこの近くの山道さんどうを運転中に、急に飛び出した何かを避けるようなタイヤ痕が残して、崖から落ちて二人とも死んじゃったんだって」

「じゃあ、ますます山の化け物は関係ないだろう。なんで話を続ける?」


「だっておかしいでしょう。山道さんどうだよ、人が飛び出す場所ではないし、動物が飛び出した形跡もなかったのよ。そしてドライブレコーダーの映像。事故を起こすの前の映像には誰も映って居なかったけど、崖から落ちる映像には、自殺した女の子がニヤニヤしながら映って居たのよ。しかもその女の子と同じように、二人とも片腕が千切れて、千切れた腕は、いまだに見つかってないんだよ」

「やめてよ桃代さん、本気で怖いじゃない。オイラ、一人でトイレに行けなくなっちゃいますぜ」


「まだあるのよ。車が落ちた先は、女の子が化け物に襲われた辺りだったの。事故のあと、そこで腕を探してる三人の幽霊を見た人も居るの」

「ももよさん。ほら、蛍が飛び始めた。だからね、その話はやめて蛍を見よう」


「もうッ、よく考えなよ。幽霊の方は眉唾だとして、その化け物の方。仮に、熊とか猿の獣のたぐいが、穢れの結晶を何かの拍子に食べてたらどうなるの?」

「えっ! あっ! やばい、やばいって桃代。俺はもう、あの匂いを嗅ぎたくない」


「そうじゃないでしょう。人間より動きが速くて力の強い獣が、死なない状態で襲い掛かってくるのよ。人間なんていちころよ」

「あ~~ッ、そうだな、不用意に山に入ってはいかんな。よし桃代、早く帰ろう。蛍なんかどうでもいい、松茸ハンターも諦めよう」


俺は手の怪我などスッカリと忘れて、桃代の手を取り強く握りしめると、夏の暑さとは関係ない汗をかきながら、急いで帰る。

途中で何度も振り返り後ろを確認すると、歩幅が大きくなり、速足になり、最後は駆け足で急ぐ。

桃代は息を切らして母屋に着くと、大きな声で笑い始めた。


「あはは~もうっ、何をそんなにあわてているの? 化け物が怖いの? それとも腕を探す幽霊が怖いの?」

阿呆あほうッ、どっちも怖いに決まってんだろう。お願い、桃代さん、今日も隣で眠ってください?」


「仕方がないわね。今日から一緒に眠ってあげるから、そんなウソ話は早く忘れなさい」

「ううっ、ありがとう桃代さ・・・・・・・・えっ? 今なんて?」


「何って? 今日から一緒に眠ってあげる。紋ちゃんが幼い頃は何時いつも一緒に眠ってあげてたでしょう」

「いや、そっちじゃなくて。ウソ話の方、何がウソ話なの?」


「化け物と幽霊、両方とも。よく考えてみなよ、こんなの何処どこにでもある作り話に決まってるじゃない」

「えっ、だって桃代さんと同じ学校って・・・桃代、俺をおちょっくて楽しいか?」


「えへへ、紋ちゃんがわたしの言う事をなんでも信用するから、つい調子に乗って、色々盛ってしまいました。謝るから許して下さい」

「ぐッ、今回だけだからな。次にまた同じような話をしたら、猿と同じ色になるまでケツをぱたくからな」


まんまと桃代に騙されて、意味のない散歩は終わりを告げた。

桃代が素直に謝るので、俺は何も言わないように押しとどめたが、よくよく思い返してみると、謝ってもらってない。


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