第83話 古いかみ

食べ終わりシートの片付けが済むと、桃香に早く帰れとかされた。

おそらく日が暮れる前に、道に迷わないように、俺を帰路につかせたかったのだろう。


俺は名残惜しそうに、うしろを振り向き手を振る。

明後日みょうごにち、桃香を満足させる交渉に失敗すると、死ぬかもしれないのに何が名残惜しいのか、俺にはわからない。

ただ、表情を変えず手を振り返し続ける、桃香の顔が忘れられない。


寂寥感せきりょうかんを勝手に感じ、桃香の顔を思い浮かべて注意散漫になっていたのだろう、こけえ濡れた石で足をすべらせて、俺は二度ほどこけた。


一度目は、そのまま川にダイブして、二度目は何処どこかに後頭部をぶつけた。

いかにも俺らしい間抜けな失敗なのだが、リュックの中身が潰れなくてホッとした。


そういえば、来る時に手にしていた棒は、何処どこに置き忘れてしまったのだろう?

いかだを作りかわくだりをする計画も、すっかりと忘れている。

しかし、手を振り続ける桃香の顔は忘れられない。


川の流れる水以外、動くモノのない山の中を俺はずぶ濡れのまま歩き続ける。

以前、あまちゃんや桃代と水遊びをした滝を通り過ぎると、家まであとわずか、俺は遭難すること無く戻ってこられた。


中に入ると、出迎えに来てくれた桃代と桜子が、あ~~っと小さく声を漏らす。

川にダイブして、ずぶ濡れなんだから仕方がない。


着替える為に脱衣所に向かう俺を見て、またしても桜子が悲鳴を上げる。

後頭部をぶつけた時に切れたのだろう、血が垂れて背中が赤く染まっていた所為せいだった。


シャワーを浴びて着替えたあとで、桃代は傷の手当てをしてくれる。

桜子は何時いつもの小言を言っている。


「紋次郎君はもっと注意しないと、気が付いたら頭の上にっかが乗っかてるよ!」

「んっ、あ~~すまん、ちょっと考え事をしてたから」


「ねぇ、紋ちゃん、どうしたの? 何か元気が無いけど、何処どこで何をしてきたの?」

「・・・ん~っ、なんでもない」


「もんちゃんあなた、またダークピーチと会ってたんでしょう。いい、あの子に同情をしてはダメよ。同情なんかするとれて行かれるわよ」

「心配するな、同情なんてしない。それは、俺もよくわかっている。だけど、あの寂しそうな顔を見てると辛くてな・・・」


「そう・・・ねぇ、もんちゃん。そういう時はアイスクリームでも食べなさい。甘い物を食べると気持ちが変わるからね」

「桃香、おまえは面の癖に、アイスクリームなんてった事があるのかよ?」


「ないわよ、だからべてみたいんでしょう。お願いもんちゃん、四人分のアイスを買って来て。歩けば気分転換にもなるし、いいでしょう?」

「・・・そうだな、じゃあ行ってくる。何か種類の希望はあるか?」


俺は何も考えずに、言われた通り出掛ける。

よくよく考えれば、面の桃香はべられないのに、そこを追及するのも忘れて。


坂道をくだり、あざみ商店に着くと臨時休業の張り紙が貼られて、シャッターがりている。

あざみは俺の指示通り避難したようだが、少し離れた別の店に行かないといけない。


その頃、ていよく俺を追い出した面の桃香は、桃代と桜子に、俺のヘコんだ状態を説明していたようだ。


「まずいわね・・・もんちゃんったら、御神体のあの子にかなり感情移入をしてるみたい。そこは割り切らないと、あの子が力を使わなくても、時間と共にれちゃうわよ」

「えっ! 大変じゃないですか! 桃代姉さんなんとかしないと、紋次郎君がわたしの親父と同じようになりますよ」


「う~ん、そうね、それは困るわね。先にミイラになられると内臓が取り出せないから、用意したカノプスが無駄になっちゃうね」

「え~っと、桃代姉さんは、本気でそれを言ってます? 心配されてないみたいで、紋次郎君があわれです」


「えへへ、冗談よ。わたしは秘密のアイテムを持ってるから、紋ちゃんが帰って来たらすぐに元気にしてあげる」

「桃代姉さんの秘密のアイテムって、大丈夫なんですか?・・・紋次郎君が別の方向でマズくなりそう」


少し離れた別の店に着くと、奴らの希望通りのアイスを選んで、俺はさっさと店を出る。

手を振り続ける桃香の顔が、ずっと脳裏に浮かんでいる俺は、無意識にアイスをいつつ買っていた。

買ったところで途中でけてしまうから、桃香に届ける事は出来ない。

それは理解している。


そんな事を考えながら、それでも他がけないよう急いで帰り、みんなにアイスを手渡した。

俺は残りの一つを冷凍庫に入れたあと、みんなと一緒に食べ始め、店で貰った木のスプーンでアイスをすくう。

帰るまでにほどよく溶けて、丁度いい硬さになっていた。


俺はあっという間に食べ終わり、桃香の面を見ると、アーンっと口を開けて催促をしている。

通常の思考が停止している俺は、面の前にあるカップのふたをけると、少しすくってその口に入れる。

ボ~っとしたバカな男が、座卓の上に立て掛けた木の面にアイスを食べさせている・・・かなり不気味な光景だ。


ちなみに、面の桃香がアイスを食べれる訳もなく、アイスは面の裏側に落ちたまま、あとで桜子が、きれいに拭いていた。


俺は桃香のアイスがカラになると、木のスプーンを口にくわえて、引き続きボ~っとしている。

しかし、桃代が古い紙切れを目の前でチラつかせると、そこに書かれた内容で額から少しずつ汗が流れ始めた。



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