第71話 夢?

桃代と桜子が料理を作る音と、二人の楽しそうな会話がかすかに聞こえる。

そのあいだ俺は居間で仰向けに寝転がり、桃香の面を胸に置くと、両手を頭の下にして枕にしている。

そして、何が起きても対応が出来るように、いろんな事を想定しながら考える。


そのつもりでいたのだが、目を閉じた所為せいで眠ってしまい、夢を見ているようだった。


夢の中の俺は、一度も着た事のない粗末な着物を着て、川の土手に座っている。

隣には、やはり着物を着た桃代が座り、ニコニコ顔で俺を見ている。

夕日に染まったその顔は、何時いつも楽しく笑っている。

俺はよく笑う桃代が大好きだった。


そんな俺に桃代は熟した柿を手渡して、早く食べろとすすめてくれた。

俺は大きく口をけ、熟した柿にかぶり付く。

途端に口の中がシワシワになる。

俺が知らないだけで、渋柿なんだから当たり前だ。


そんな俺を見て、桃代は指をさして笑っている。

俺はよく笑う桃代が大好きだ・・・だからと言って、怒らない訳ではない。


大きくあとのえぐれた柿を川に向かってブン投げると、桃代の方を向いて文句を言う。

口の中が渋いせいで、おちょぼ口でだ。

それに対して、桃代は筋違いの言い訳をする。

そのうち取っ組み合いになり、組み付いたまま土手をゴロゴロくだって行く。


くだりきったところで桃代が上にいて、下にいる俺は両手で肩を抑え付けられている。

マズい、このままでは幼い頃から何度も喰らった、頭突きをされてしまう。

両目から一番星が飛んで行く。

よいの明星が三つになる。


過去の出来事を思い出していると、勢いよく桃代の額が近づいて来る。反射的に俺は両目を閉じる。

不思議なモノで目を閉じても、この時ばかりは星が見える。

しかし、その日は何時いつまで経っても星が見えない。

その代わり、何かで口をふさがれた。


おそるおそる目をひらくと、そこには大好きな桃代の顔が目の前にあった。

桃代は自分の口で、俺の口をふさいでいる。

何が起きているのか分からずに、俺はそのままジッとしている。


そのうち、ふさいでいた口が離れると、桃代は隣の草の上に寝転び、夕焼け空を見ながらつぶやいた。


「あ~あぁ、もんちゃんにキズモノにされちゃった。ちゃんと責任とってよね」

「・・・されちゃった? どっちが?」


「えへへ、いいでしょう。わたしと一緒になると、一生楽しく過ごせるよ」

「・・・おまえはホント面倒くさい女だな。その自信は何処どこから来る? でもまあ、いいだろう、おまえの言う通りだ。俺もおまえ以外の女と所帯しょたいを持つ気はない。嫁になってくれ、桃香」



俺はここで飛び起きた。

えっ? 今のは夢なの? それとも過去の記憶なの? いやいや、俺の過去に桃香という知り合いはいない。

そうすると、過去の俺の記憶なの? そうじゃない、前世の俺の記憶なのか?


どちらにしても、このタイミングで、どうしてその夢を見た?

何か意味があるはずだ。


桃代と桜子は、まだ台所で食事の用意をしている。

俺が飛び起きた為に畳の上に転がった桃香の面を手に取ると、いま見た夢の出来事を小さな声で聞いてみた。


「えっ? どうしてそれを? どうして今のもんちゃんが、それを知ってるの?」

「そうか、事実なんだな。俺もなんであんな夢を見たのか分からない。ただ夢や想像にしては具体的だったからな」


「具体的ってどの辺が? わたしの柔らかい唇? うふっ、わたしともんちゃんの初チッス」

「おまえも桃代と同じで下品な女だな、そういうのは人に言うな。いいか具体的なのは味だ、俺は渋柿なんか食べた事がない。甘いと思って食べたのに、おちょぼ口になるのは、味がわかった証拠だろう」


「わたしも、わたしも渋かった、もんちゃんの唇が渋いせいで、レモンの味なんかしなかった! 責任とってもう一度して」

「いいか、俺をおちょくると渋柿と一緒に軒下のきしたに吊るすぞ。それはおまえの自業自得だ」


「うふっ、わたしの人生で一番うれしかった出来事。もんちゃんのスウィートなプロポーズ、あの日のわたしは眠れなかったよ」

「おまえは、何処どこでそんな言葉を覚えたんだよ。現代に毒され過ぎだろう」


「あら? これは、もんちゃんと桃代に教えてもらったのよ、憶えてないの? ほら、もんちゃんが初めて神社に来た時に、外で桃代と二人でママゴトを始めて、その時に桃代が言ってた言葉だよ」

「えっ?」


思い出せ紋次郎。

確かあの時、桃代の主導で何かそんな事をさせられたぞ。



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