第10話 まだ続き

奴らは、俺が答えるのを待っている。

逆鱗を俺から奪い、治水のコントロールが出来ればかねになる。

そんな事を考えているのかも知れないし、ただ単に心配しているだけかも知れない。

どちらにしても今の時点では即答は出来ない。

奴らの真意が分からないからだ。


「いいですか松慕まつぼさん、俺は昨日来たばかりですよ。これから整理をしようと思っていたのに、突然押しかけて来てそれはないでしょう。第一、貴方達の素性も分からないのに、おいそれと見せられる訳がないでしょう」

「あっ、いや、申し訳ない、失礼しました。先代の桃代さんから、何か聞いているかと思いまして」


「桃代からですか? もちろん色々聞いてますよ。あいつ、変わった奴でしょう」

「ちょ、ちょっと待って下さい。貴方様は私の事務所で【桃代さんは誰ですか】ってたずねたではないですか? その貴方様が、どうして桃代様から色々聞いているのですか?」


「当たり前でしょう。見ず知らずの弁護士に、何でもかんでも正直に話す訳ないでしょう。えっ! 弁護士の自分には、何でも話して貰えると思ってました? あはは、それはねおごりですよやぶたけさん。貴方、そんな考えでは事務所が潰れますよ」

「失敬なッ、私を侮辱すると、名誉棄損で訴えますよッ」


「どうぞご勝手に。ただ、ここが誰の家で、許可無く入っている事を忘れないで下さい」

「ぐッ・・・」


「やめなさいやぶたけさん。御当主様に失礼ですよ。申し訳ありません御当主様、逆鱗が大切に保管されているか、私共わたくしどもは確認したいだけなのです」

「そうですか松慕まつぼさん、まあいいです。今度このスマホで逆鱗の写真を撮っておきますから、荷物の整理が済み次第あなた達に連絡をして、その時にお見せします。実物を見せて、突然逆撫でされると大蛇おろちが怒りますからね。あはは~」


俺は奴らをおちょくる。

人は怒ると本性を見せて余計な事を漏らす。そんな気がするからだ。

今の俺は何に巻き込まれて、誰が味方で誰が敵なのか? 何が起こっているのか? さっぱりわからない。

小賢こざかしく、慎重にやるしかない。

だって、こんなにワクワクするのは、生れて初めての事なのだから。


「えっと、では俺の方からもいいですか? まずはやぶたけさん、この家の鍵を返して下さい。貴方は桃代から、ひと月連絡がない場合、俺に連絡をして、ここの相続をさせるよう言われてたんですよね。家主に許可なく鍵をコピーするのは違法ですよ」

何故なぜそれを、あっ、いやこれは・・・申し訳ありません。お返しします」


「次にざいえんさん、貴方はミイラの死因は心臓マヒで、遺体は寺に渡して火葬するって言いましたが、遺体は本当に桃代でした?」

「は、はい、私はそのように、部下から報告を受けております」


「わかりました。では坊主、あんたは何さん? 名前くらい名乗りなさい」

「は~ははっ、拙僧は草生そうせい。気軽に和尚おしょうと呼んでくだされ」


「はいはい、じゃあ和尚おしょう、桃代の遺骨はどうした? 真貝の当主である俺に返却しろ」

「あっ、いや、桃代様の遺骨は供養が済んで、寺にある真貝本家の墓所ぼしょに納骨をしました」


「勝手な事をしやがってッ、戒名はどうしたッ、位牌はどうしたッ、おまえ等適当な事ばかり言ってると、ここから叩き出すぞ!」

「すみません。落ち着いて下さい御当主様。こやつ等には、わたくしめがキツく注意を致しますので」


「そう、じゃあ任すね松慕まつぼさん。それでね松慕まつぼさん、貴方達六人はなんの集団? 俺の危機って何?」

「はい、此処ここに居る六人は真貝の分家筋、私は分家筆頭です。この本家とこの屋敷がある山、水分みくまりの山の頂上にある、もも神社と大蛇おろちつかを守るのが私達の使命なのです。今時、本家だの分家だのと馬鹿にするかもしれません。しかし、田舎にはこういうしがらみが根強いのです。しかも千年も続くしがらみ、これをやぶる事は恐ろしくて出来ません」


「ふ~ん、面倒くさ。まあいいや、それで危機の方は何なの?」

「はい、御当主様は能面を見てるとうかがいました。では、この絵巻に描いてある桃香様の顔をよく見て下さい。その能面は桃香様に似てなかったですか?」


「能面? あのミイラがかぶっていた面ですか? どれどれ、そう言えば何処どことなく面影がありますね」

「御当主様は、その能面に手をれなかったのですね? あれは大変危険な面です」


「んっ、俺は直接さわってないけど、何が危険なの? あれは、警察が押収したんじゃないの」

「いえ、れて無ければ結構です。警察から返却されても決してれないで下さい」


馬鹿めッ、俺が知らないと思って変な駆け引きをしやがる。

だから若い奴らは、大人を信用しないんだ。


あの能面は、桃代がベッドに投げ捨てた時に確かに存在していた。

【ぽす】って、音がしたからな。

つまり、警察には押収されて無いのに、あたかも警察にあるとにおわせていやがる。


俺も大人を信用しない理由。こちらが知らないフリをすれば、平気で嘘をつくからだ。

まあいい、これは奴らに対して、ひとつのアドバンテージになる。


「でもさぁ松慕まつぼさん、手で触れなければ、警察から返却された時に受け取れないよ」

「はい、その時は手袋をして、直接触れなければ大丈夫です。間違っても、素手でさわったり、顔にかぶったりしないで下さい。これを守って頂かないと、御当主様のあとにあの中に入った作業員のようになります」


「俺のあとに入った作業員? あ~っ、解体屋のオヤジね、あの人どうかしたの?」

「はい、次の日に死にました」


「えッ? ウソ! あの解体屋のオヤジが、死んだ・・・」


俺はショックを受けた。

別に親しい訳では無い、名前も知らない。

ただ、何度か同じ現場で働いて、一度缶コーヒーを奢ってもらった事がある。

それだけの間柄なのに、妙に悲しい。


松慕まつぼはそんな俺の顔を見て、今日はこれ以上話が出来ないと察したようで、次回来る時は事前に連絡すると約束をして、他の奴らを連れて帰っていった。



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