第2話
「ようこそおいでくださいました、異界の勇者の皆さん!」
はっと息を呑むように覚醒した。くらりと目眩がしたような気がして、ふらつくものの、何とか踏みとどまって片手で両のこめかみをつかむように顔を覆った。なんだか息苦しい。深い呼吸を意識して、あたりを見回す。
薄暗い空間。大きさは学校の体育館程度。しかし天井はその比ではなく、明かりが乏しいこともあり、どれほどの高さがあるのかは判別つけがたい。俺たちが立っているところよりも少し高く造られている場所に明らかに日本人ではない顔立ちの人たちが物々しい出で立ちで身構えている。西洋の甲冑のような恰好をしている者がほとんどで、数名、布の服をまとった者もいたが、それでも最低限胸当てのようなものをつけていた。。
巨大なステンドグラスを背にしていて、この空間の光源はどうやらあそこだけのようで、日本人離れしているというのはなんとなしに見て取れたが、その表情が一体どんなものなのか、影が落ちて判別をつけるのは難しそうである。機嫌を損ねていなければよいのだが……。
なんだか居心地が悪くなって、自然と背筋を伸ばして「気を付け」の恰好になる。
――いや、待て。どうして俺は立っている?
先ほどまで俺は――俺たちは、教室にいて、地震から身を守るために机の下に潜り込んでいたはずだ。机が倒れてしまった者も、あの揺れの中で立っていたとは到底思えない。移動するにしても、床を這うようにするのが精一杯のはずだ。
それが、見事なまでに(といっても、整列をしているわけではないのだけれど)全員が立ち上がっている。明らかに不自然だ。
だんだんと冷静になってきた。
ここはどこで、眼前の彼らは何者で、俺たちは一体どうなってしまったのだろうか。
地震はすでに収まっていて、俺たちはここに避難していたのか? それにしてはそのことに関する記憶がない。自分を見る限り、特に大きな怪我はしていないし、気を失っている間に運び込まれたということもないだろう。そもそも、気を失っていたら立った状態で目覚めるというのは不思議な話だ。
であれば、火事場泥棒的に行われた誘拐? ここはステンドグラスしか窓はなく、外の状況が見えない。監禁するには、まあ使えなくはないだろう。出口のようなものとして俺たちの背後、ずっと奥に両開きのような大きな扉があるが、あそこさえ見張っておけば脱走もある程度防げるはずだ。
――俺たちを拘束していないため監禁している可能性は却下。軟禁だとしてもこの数(大体一クラス分)の人間を管理するのは骨だ、合理的ではない。
一体何が起こったんだ?
周りの皆も、だんだんと事態の異常さに気づき始めてきた。ひそひそと話し声が聞こえる。
先ほどまで未曾有の大地震で命の危機かと思いきや、次は気づけば見知らぬ場所に立っていたときた。そして明らかに異質な、前時代的な、銃が発明される以前の時代の武装を身にまとった人達。まるで対立するように向かいあって立っているが、果たして彼らは味方なのか敵なのか。
「――あのっ!」
すべての音を遮るように声がした。自然とみんなの視線がその大本へと向かう。武装した集団の中から、その正体は姿を現した。
異質の中にあってさらに異質な、武装集団の只中にいるにしては逆にその実を案じてしまうほどに華奢な少女がいた。戦士、あるいは兵士というような言葉が当てはまりそうな屈強な男たちの中にいて、彼女はただ一人、何も武装と呼べるような装いをしていない。なんらかの宗教的装いをしている。
こほん、とわざとらしく咳払いをひとつ。
「我々の呼び声に応じてくださいまして、ありがとうございます。
何より不可解なのは、彼女の発している言語が日本語であることだ。日本語の習得が難しいという話は最近ではインターネットを通じて耳にする話である。彼女が必死に勉強した可能性もあるが、いわゆる「日本語が上手」と言われる外国人でも、なんだかんだ多少の違和感を感じてしまうことが多々あるものだ。それが、今回は一切感じなかった。
見た目は西洋のそれだが、実は生まれも育ちも日本であるとか。そういった事情だろうか。
見た目が明らかに外国人の初対面の少女が流ちょうな日本語で話しかけてくる。人生で初めての経験だ。周りの皆も初体験だったようで、同じように困惑している。
謎が謎を呼び、事態はより複雑化した。
――しかし、同じ言語ならば、意思の疎通が可能なはずである。
いくつか気になる単語も含まれているので、質問するネタに困らない。質問は、話しかけるためのわかりやすい動機付けにピッタリではないか。
統一王国ってどこ? 異界ってなに? 勇者って誰のこと?
あとは誰が訊くかだ。自慢ではないが、俺はあまりクラスで目立つようなことをするタイプではなかった。学校祭も体育祭も、周りが盛り上げて、それに同調するようなタイプだ。
「あ、えっと……、言葉わかりますか? あれ? 意思の疎通は可能なはずじゃ……?」
そんな俺に、ここで発言する勇気はない。
「あの、どなたでも構いませんので、返事をしていただけると……私の言っていることわからない感じですか?」
王女様が困惑されておられるぞ。
「なにかしら反応してくれないと、私もどうしたら良いのか……お願いだから無視だけはやめてくれませんか?」
さあ、だれか。お願い。事態の停滞を打ち破ってくれ。
「――あの」
ひそひそとうるさい中で、その声はよく通って聞こえた。この声には聞き覚えがある。声のした方に目をやれば、やはり、思い当たった自分物で間違いないようである。
俺のクラス2年B組のリーダー格の浅井君だ。さすがだ、君が勇者か。勇気ある者か。納得せざるを得ない。これからは勇者と呼ばせてもらおう。
「はい! なんでしょう!?」
王女様露骨にうれしそうだ。
浅井君は日本人的価値観による評価だけれど、顔は整っているし女性ウケする背格好をしている。そんな彼が代表で話しかけたのだから、少なくとも気分を害することはないだろう。
そして、クラスのリーダーである浅井君が代表して話しかけたとあって、他の皆もひそひそと話すのやめて耳をそばだてた。
「えっと……いったい、俺たちの身に何が起こったのか、知っていることだけでいいので教えてくれませんか? 俺たちはさっきまで地震にあっていました。それが見る限りここは地震にあったような被害は見られません。いったい、なにが起こったのでしょうか」
浅井君が今までにないくらいに丁寧な口調で質問した。学校の先生にも、もう少し砕けた敬語を使っている。それだけ先生との信頼関係を構築しているということだけれど、なんだか意外な一面を見た気分だった。
「はい、構いません。ちょうど、私もそれを一番最初に話さなければならないと思っていましたので」
ようやくまともな交流ができそうなので、俺たちも王女様もどこかほっとしたように肩の力を抜いた。疑問に思っていたことの大半が、ここで片付きそうである。
ところで、その説明は立ったまま聞かされるのだろうか?
現代っ子の体は貧弱なので、あまりそういったスパルタは控えてほしい。しかしながらそういったことを言い出せるような空気ではないし、他の誰もそのようなことを言い出しそうにはなかった。
少し疲れてきたが、ここは涙を呑んで耐えるしかないのだろう。ふ、と空間の隅に視線を向けると、腰を下ろして休んでいる者もいた。いつの間に。それでも圧倒的少数派であることには違いない。そちら側にぜひとも参加したいが、俺の軟弱な精神ではそのような行動力を見せることもできず、甘んじて大衆に紛れ込むことしかできなかった。
「我々が皆様をお呼びしたのは他でもありません――魔王軍の撃退のため、力を貸してほしいからなのです」
また謎が増えてしまった。
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