第7話 電撃少女が欲しいもの

 七海を迎えに行こうと部室を後にする。

 椎名はまた、いつものように陽が暮れるまであの場所で本を読むのだろう。


 部室から追い出したから怒ってるかな……なんて思いつつ廊下を折れる。階段の手前の壁に寄り掛かるようにして彼女は立っていた。


「可愛い後輩が待ってるんですから、走って向かうべきではないでしょうか?」


 七海は唇を尖らせたままつぶやく。

 窓から差し込んだ夕陽が彼女を照らし、電撃を纏った時とは対照的に、その瞳は朱に染まっている。


「教室で待ってるんじゃなかったのか?」

「…………浮気者。せんぱいは私が見ていなかったらすぐにふらふらと」

「た、ただの幼馴染だって言ってるだろ」


 俺はがしがしと頭をかく。

 嘘ではない。椎名に対してそういう感情は持ち合わせていない。小さい頃からそばにいて、そのまま一緒に大きくなった友達みたいなものなのだから。


「――いいですかせんぱい。幼馴染は、幼馴染じゃない子たち全ての敵です」


 七海の目が妖しく光る。

 相変わらずすごい理論だ。


「……それ、幼馴染の敵めっちゃ多くね?」



***



 絶対に電撃は出さないようにする、という約束で俺と七海は歩く。そもそもそんなことが可能なら困っていない気もするのだが。


 電車通り沿いを歩いていく。

 俺はきいきいと鳴く自転車を押しながら。七海はすぐ隣を小さな歩幅で進んでいく。


 今にも電撃が飛び出すのではとソワソワしている俺の横で、何事もなさげに七海は口を開く。


「明日で学校、終わりですね」

「そうだな」

「楽しい夏休みになりそうです」

「そうだ……そうか?」


 俺は首を傾げる。無意識のうちに同意しかけたが、どう考えても楽しい夏休みにはならない気がする。


「七海の電撃問題が解決してくれないと、こっちは気が気じゃないんだけど」

「だからですよ?」

「…………?」


 何が言いたいのかと隣を歩く彼女へ視線を向ける。七海はにかっと白い歯を見せて笑うと。


「せんぱいに、毎日会えますから」

「……ちょっと待て。ま、毎日? 何言ってるんだお前。会えるわけないだろ。てか、出歩いてる場合じゃないからな?」

「あ。ちょっとコンビニ寄ってもいいですか?」

「良くない。自分の状況考えろ」


 七海は俺の制止も虚しくとととっ、とコンビニの中へと入っていく。先帰ろうかな……。


 ……いいや、待て。七海もそこまでバカではないはず。何か解決への糸口を探るきっかけが、コンビニにあるのかもしれない。

 

 後を追うようにしてコンビニに入る。

 七海は……居た。お菓子やドリンクのコーナーでは無い所にいるのを見ると、まさか本当にヒントが?

 ゆっくりと近づいて、声を掛ける。


「七海? なにか気づいたのか?」

「シール買ってください」


 じっ、と棚に掛かったキラキラした袋を見つめる七海。俺の後輩はバカだった。


「なんでだよ」

「今日が発売日でした。このシールを買うと電撃が出なくなる気がします」

「どんなシール? 俺のこれまでの時間返して?」


 呆れた俺の声に耳も貸さず、七海は掛かっている袋の裏面を興味深そうに眺めている。

 見ると、見覚えのあるキャラクターらしきものが描かれていた。最近話題の、なんだかよく分からない生き物のやつだ。


「せんぱい、これ二十五種類もあるみたいです……」

「一袋二枚入りか……。全部揃えようと思ったらかなりかかるぞ?」


 七海はにやりとした笑みをこちらへ向ける。


「な、なんだよ」

「せんぱいも男の子ですねぇ」

「やかましい。ほら、とっとと買ってこい。また電撃が出る前に」

「これ、買ってください。欲しいです」


 当然のように差し出されるキラキラの袋。

 値札を見る。おひとつ百円プラス税。

 俺はそれを眺めた後、七海の顔を見る。


「俺は全然欲しくない」

「せんぱいがここで私に恩を売っておくのもひとつかなと思いまして」

「びっくりするくらい魅力の無い提案だな」

「…………フった女にはもう恩を売る必要は無いと。そういうことですね。はあぁ、分かりました。わたし、これ買ってきますね……」

「そ、そこまで言ってな」

「はあぁ……」


 肩を落としつつ、とぼとぼとレジに向かう七海。寂しげな背中を見ているとどうにも辛い。

 し、仕方ない。明日椎名にも奢るしな。七海だけ何も買ってやらないのも不平等だ。うん。


 俺は貢ぐ男みたいなことを自分に言い聞かせると、棚から袋をいくつか掴む。そして七海を追い越し、レジにキラキラした袋を置いた。


「お願いします」

「いらっしゃっせー」


 店員さんがバーコードを読み取っている間に俺は振り返る。七海は嬉しそうに微笑むと、俺のそばに寄ってきてそっと耳元で囁いた。


「――あの幼馴染とお昼ごはん行くんですから、これくらい当然ですよね?」


 ゾッとするような冷たい声。

 ……な、なんで知ってるんだっけ? 頼むから、俺の心を読むのはやめてくれ。


 

 コンビニを出て、俺たちはまた歩き出す。

 すっかり陽も落ちて、辺りには紺青色の街並みが広がっている。


 七海は横で嬉しそうにシールの袋を開け始める。頼むから転ぶなよ、テンション上げて電撃出すなよと一人願う。


「み、見てくださいっ! これ可愛いです」


 目を輝かせて俺に向けてシールを差し出す七海。間抜けな顔をしたハムスターみたいなのが俺を見つめていた。よく分からん。


「当たりなのか?」

「……当たりとかじゃないんですよ。可愛ければそれでいいんです」

「そういうものなのか」

「そういうものです」


 やっぱりよく分からん。

 七海はそれからもかさかさと袋を開けては、可愛いだの綺麗だのいちいち反応している。


 そこまで喜んでもらえたら、こちらも買った甲斐があるというものだ。


 ふと、それまできゃあきゃあ言っていた七海が黙り込んでいることに気づく。歩幅も段々と小さくなり、最後にはその足は止まった。


 七海は真剣な顔で俺を見つめる。

 どうしたの、だろうか。少しだけ違和感を覚えながら俺は訊ねる。


「どうした?」

「せんぱい。……それでこれ、どうしたらいいんですか?」


 彼女の両手には八枚のシール。

 俺は頭を抱える。

 

「知るかよ。どっか貼っとけ。好きなものとか適当に――」

 

 言うと、七海はそのうちの一枚を手に取ってシールを台紙から剥がしていく。

 そして。


 ――ぺた。

 当たり前のように、俺の制服にそれを貼りつけた。 


「………………」

「………………」


 俺は貼り付けられたそれを見つめる。

 先程の間抜けな顔をしたキャラだった。

 ゆっくりと顔をあげると、きゅっと唇を噛んだ七海がこちらを見て、つぶやいた。


「好きなものに、貼りました」


 夕方と夜の間の世界を、一瞬だけ青い光が駆け抜けたような気がした。

 辺りに人がいないことを確認して、俺は何も言わずに歩き出す。


 あのさあ。七海。

 ……お前、そういうとこだぞ。

 こちらに駆け寄る彼女の足音と共に、聞き覚えのあるぱちぱちという音がした。


 振り返り、俺は彼女に向けて手を差し出す。

 七海は俺の顔を見て不思議そうに首を傾げると、手の上に自らの手を置いた。


 ぱち。青い光が散る。


「……じゃなくて。シールの方」


 ぼわっ、と七海の顔が赤く染まると。

 少し強めの音がして、電気が弾けた。

 静電気に触れたような感覚は、しなかった。


「シール、せんぱいも欲しくなったんですか?」

「まあな」

「どこに貼るんですか?」

「……好きなものに、いつか貼るよ」


 

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