6 乗馬体験

 どうやら曽根崎さんと馬は、結構相性が良かったらしい。

「馬が合うとはこのことか」

「誰がうまいこと言えと」

「馬だけにな」

「ウゼェ」

 僕の冷たい視線などどこ吹く風で、曽根崎さんはパッカパッカと優雅に馬を歩かせている。乗っているのは青鹿毛(あおかげ)と呼ばれる黒い馬で、一体の銅像みたいなとてもかっこいい子だ。ちなみに名前はワッツハプン。何が起こればそんな名に。

「まさかワッツハプンに乗れる方が現れるとは……」

 付き添うインストラクターのお姉さんが、尊敬の眼差しで曽根崎さんを見つめている。

「元は競走馬として大暴れしていたのですが、引退してから全然人を乗せてくれなかったんですよ。生来のムラっけのせいか、少しでも気に入らないことがあると暴れ倒して……」

「つまり、競走馬時代から何一つ変わってないってことですね?」

「かくいう私も手を焼いているんです。だというのに、お客様が姿を見せた途端この子ったら」

 ――そう。曽根崎さんが乗馬クラブを訪れた瞬間、ワッツハプンは猪もかくやの勢いで駆けてきたのである。そして首を突き出すと、曽根崎さんのジャケットを咥えてぐいぐいと引っ張った。その大きな目は、人間である僕のすら分かるほど爛々と輝いていた。

 で、今に至る。曽根崎さんを乗せたワッツハプンは、暴れ馬の異名を微塵も感じさせぬ穏やかな足取りで、場内を闊歩していた。

「ですが、一体どうしてお客様を気に入ったのでしょう?」インストラクターさんは、頬に手を当てふうと息を吐いた。

「本当に羨ましいです。危うげで鋭利な物腰に惹かれたのかしら……」

「さあ、髪質とかじゃないですか? 飼葉っぽく見えたのでは」

「では私もお客様のような頭になれば、ワッツハプンに心を開いてもらえると!」

「やめたほうがいいですよ。インストラクターさんの髪、艶があって綺麗ですし。あんなモジャ助にするのは勿体ないですよ」

「えっ……」

「ワッツハプン、私への誹謗を察知した。三時の方向だ。行け」

「ブルルゥッ!」

「わー!?」

 ワッツハプンと心を通わせた曽根崎さんが、馬ごとこちらに突撃してきた。なんであんなに乗りこなしてんの? アイツ今日が乗馬初体験っつったよな?

「くっ……! やっぱり私、頭をモジャモジャにしてみます! 石鹸で髪を洗って、極限までドライヤー当てて!」

「やめてください! 多分髪とかそういう問題じゃないです、あれ!」

 よくわかんないけど、似た者同士なんじゃないかな。そういえば目つきも似てる気がするし。

 そんなことがありながらも、僕らは乗馬クラブを楽しんだ。僕? 僕は隣接していた『とりさんのおうち』で存分にニワトリやヒヨコと戯れていました。ぴよぴよのこけこけのふわふわに囲まれた僕は、至福のひと時を過ごした。

「三十年生きてきたが、人間の身でニワトリに世話を焼かれるやつ初めて見た」

「お母さんニワトリ、ミミズを砕いて僕に食べさせようとしてくれてましたからね……」

「そして私があれほどニワトリに嫌われる性質だとも知らなかった」

「曽根崎さんが姿を見せるなり、全ニワトリが飛びかかっていきましたからね……」

 ちょうどお腹も空いてきたので、レストランに向かうことにした。別れを拒むワッツハプンは暴れて手がつけられなくなりかけたけど、「私の認めた馬なら、みっともない真似をするんじゃない」と曽根崎さんに一喝されて大人しくなった。もう誰の何がすごいか分からない。インストラクターさんは「はわわ……」って言ってた。

 とにかくレストランである。二階の窓際の席からだと広い牧場と牛達が一望できて、いい気持ちだ。そこで曽根崎さんはカレーを注文し、僕はというと……。

「本当にいいんですね!? 僕は本当にステーキを食べていいんですね!?」

「いいって言ってるだろ。後で金銭を要求したりはしないから、安心して食え」

「あっ……えっと、ナイフって左手でしたっけ!?」

「右手だよ」

「僕右利きですが!」

「尚更右手でいいんだ。左利きの烏丸先生ですら、ナイフは右手で持つだろ?」

「そっか……いやそのナイフは関係無くないですか?」

 そうして食べたステーキは大変美味しかった。牛肉ってこんな柔らかくなるんだなぁ。つくづく、僕は知らないことだらけである。

「美味しいです」

「良かった」

「眺めも最高ですし、ほんと来て良かったですね」

「ああ、これほど食物連鎖を実感できる場所も他に無い」

「それは来て良かった理由になるのでしょうか……」

「で、今日はこの辺に泊まるんだっけか」

「あ、はい。ここから車で十五分ほど行ったところにある、コテージを予約してます」

「コテージ? バーベキューでもする気か?」

「できればそうしようと思ったんですが……」

「が?」

「僕、やったことなくて……準備するものとかも調べたんですが、自信が無くて結局何も……」

「気にするな。ああいうのをやりたけりゃ、忠助や藤田君、柊ちゃんを巻き込んだほうがいい」

「そうですね。その三人を呼んだら、楽しくなりそうですし」

「それに全員やりたがりだから、何もしなくても皿に肉や野菜が積み重なっていく」

「楽ができそうって理由で呼ばない」

 無精はヒゲだけにしてほしいものである。いや、ヒゲも剃るべきだと思うけどな。

 それはそれとして、心なしか曽根崎さんの様子が最初に比べて明るくなっているような気がする。いつも背負っている影が薄くなっているというか。ワッツハプンのアニマルセラピーが効いたかな?

 バーベキューの予定は無いので、適当な食料を買い込んでからコテージに行く。冷蔵庫や電子レンジも揃っているので、僕らは何も怖くなかった。珍しいご当地のお酒なんかも買ったりして、おつまみも用意してみちゃったりして、夕方から飲んじゃったりして。

 その結果。

「うへへへー……曽根崎ぃ、なんかブレてるー」

「……」

「ぶれぶれーぶれぶれー」

 僕は、思いっきり酔っていた。

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