Ⅳ:真実がもたらすのが絶望だとしても
33.突然の来訪―saza
サザとウスヴァは次の朝早くに目を覚ますと、並んでベッドに座った。夜明け前の部屋はまだ薄暗いが、遠くで徐々に小鳥の囀りが聞こえ始めた。
「サヤカは予定なら九時にこの部屋に来るはずです。それまでにこれからについてもう少し話しませんか?」
ウスヴァの問いかけにサザは頷く。
「一つ気になるのは、イスパハルに全く動きが見られない事ですね。イスパハルではあなたは公式には過労で休養中という事になっていて、国民からお見舞いの贈り物が沢山届いているそうですよ。でも、あの国王陛下と王子があなたの救出の手を打たない筈が無い。僕達が感知出来ない所で何かしらの作戦が既に決行されていると思った方が良いでしょう。そうなるとあなたの仲間のお二人がカーモスに侵入している可能性が高いですね」
「うーん、確かにそうか……」
サザは自力で逃げる事ばかり考えていたが、確かにユタカ達が何か手を打っていてくれている可能性はある。
「ですから、もしイスパハルからの侵入者が何かしらの理由でカーモスに捕らえられる様なことがあれば、理由を問わず直ちに解放する手筈をとっておきます」
「ありがとう」
「いえ、当然のことです。あと、サヤカが部屋に来た時にあなたが縛られていないのに逃げていなければ、それもサヤカの説得材料になるでしょう。あと、それとは別に僕はもう一つ、あなたに絶対に言わなければいけない事を言っていなかったんです」
「え、何?」
真剣な表情で眉間にぐっと皺を寄せたので、サザはごくりと唾を飲んだ。
「あなたを縛り上げたのは、あなたの母親なんです」
「お母さん……?」
サザはウスヴァの予期せぬ告白に一気に青ざめた。
(お母さん、私の事嫌いだったの?)
母に憎まれているのではという戸惑いがサザの心を一瞬で真っ暗に染め上げた。青ざめたサザの顔を見たウスヴァは慌てて付け加えた。
「あなたの母親はあなたを憎んでいる訳じゃないんです! あなたの母……ナギ・アールトは組織の者達の巧妙な策で自分の子は男の子だと信じ込まされています。だから、女性のあなたを見てもまさか自分の子だとは思わなかったのです。組織は腕の立つナギを繋ぎ止めて置く為に秘密にしていたのであなたを確実に捉える為に、僕達も従っていました。これも僕の謝るべきことの一つです。本当にごめんなさい」
「そうだったんだ……」
ウスヴァ話し終えると、ぐっと頭を下げた。
思いがけない告白にサザは少しだけ鼓動が早まったのを感じた。散々母への想いを踏みにじり、手玉に取られたことは確かに許せない。でも、ウスヴァを責める気持ちはサザの心にこれ以上は浮かんで来なかった。
サザが憎むべき相手はウスヴァではない。そして多分、サヤカでもない。ムスタだろうか。恐らくそれも違う。
私達はイスパハルとカーモスを取り巻く強大な運命に飲み込まれようとしている、とサザは思った。それに全身全霊で抗うより他に方法が無いのだ。あらゆる手を使って、全ての人と協力しなければいけない。
サザは肩に手を置くと、ウスヴァはゆっくりを顔を挙げた。あどけなさの残る眼差しに少し涙の滲んだ薄荷色の瞳は潤んで宝石のように輝いた。サザが大丈夫だよ、と小さく言うと、ウスヴァは安心したように手の甲でそっと瞳を拭い、小さく会釈した。
サザは改めて、組織での生活を思い起こす。組織ではずっと髪の毛を短く刈り込まれ、男の子のズボンを支給されていたのだ。カズラ達はちゃんとスカートが支給されていたのだがその理由は伏せられていた。ずっと謎だったがそれも合点がいく。
「あなたの母親があれだけの腕を持ちながらも組織の命令に従い続けているのは、あなたを守るためなのです。ナギはあなたを心から愛して、大切に思っている」
母に忌み嫌われているのでは無いと知ったサザは心底安堵して大きく息を吐いた。じんわりと目元に涙が浮かぶ。母に会いたい気持ちは自身が思っていたよりずっと大きかったらしい。そしてあわよくば、母が自分を愛していてほしいという気持ちも。でも、そんな母の気持ちを利用し続ける組織に対して怒りが湧いた。
「私が組織を離れていると分かれば、お母さんは組織を捨てる事ができるんだね?」
「そうです。あなたがカーモスにいる間にナギに会って直接伝えたらいいでしょう。僕が機会を準備します」
「それはすごく都合が良いな。私とユタカはこの事はアスカ国王陛下には一生隠し通すことにした。きっと国王陛下は私とお母さんを許さないし、私は今はもう国王陛下の娘だから」
「そうしましょう。最も尊重されるべきはあなたの想いです。カーモスにいる間に秘密裏に会えばアスカ国王の事を気にしなくて済むでしょうし」
そこまで話した所で、唐突にドアがノックされた。ウスヴァとサザは顔を見合わせる。サヤカがこの部屋に来る筈の時間よりかなり早いはずだ。
ウスヴァが「どうぞ」と返事をすると、深々と礼をして部屋に入ってきたのはサヤカではなく、執事服を纏った、白髪に細身の年配の男だった。男はサザが手足を縛られていないのを見て驚愕した。
「何故、罪人の拘束を解いているのですか⁉︎ サヤカ様に絶対に拘束は解くなと言われております」
「見てください。彼女は逃げていません。彼女は僕達に従ってくれるのです。サヤカとこの事で話がしたい」
驚きを隠せない様子の執事の男を宥めるように、ウスヴァは言葉を続ける。
「こんなこと、サヤカ様が知ったら何と言われるか……!」
「君主は僕だ。僕の命に従ってくれ。サヤカには僕が説明する。大丈夫だ。君が罰せられるようなことは無い。僕を信じて」
執事の男は納得できないような表情を見せながらも、罰せられないということに安心したらしく漸くウスヴァに頭を下げた。
「ウスヴァ様。本題ですが、イスパハルの国王陛下が訪問されました」
「何だって?」
「しかし、サヤカ様がご対応されておりますのでウスヴァ様は特に国王陛下の御前に御出になる必要は無いと仰せつかっております」
「そんな……君主の僕が出ないなんて有り得ないだろう。カーモスの君主は僕だ。サヤカじゃなくて僕が決める」
「しかし……」
「さっきと同じ様に、サヤカに命令されたとしても、僕に従ってくれ」
男は先程にも増して狼狽えた表情を見せたが、ウスヴァの強い口調に押されたのか押し黙って深々と頭を下げた。ウスヴァはそれを見届けると、頭を上げて下さい、と小さく声をかけた。
「……承知致しました。私めは部屋の外でお待ちします。準備が出来ましたらお声掛け下さい」
男はそうウスヴァに告げて部屋を出た。
男とウスヴァやり取りを見ていたサザは、最初に会った時よりもウスヴァがずっとずっと大人びて見える事に気がついた。彼の中の決意が何かを変えたのかもしれない。そんな事を考えてながら部屋の扉から男が出て行ったのを見届けていたサザへウスヴァは向き直った。
「この機会だし僕は陛下に直接謝罪します。サヤカは渋るでしょうけど、僕がその場で説得します。アスカ陛下の眼の前でならサヤカも納得してくれる。きっと上手くいきます」
ウスヴァはそう言い切ると、真っ直ぐにサザを見つめた。サザはその頼もしい言葉に、サザは自分の心の中にも勇気が溢れてくるようだった。サザは笑顔でウスヴァに言った。
「ありがとう」
「いえ、僕のほうこそ」
「ウスヴァに会えて良かった」
「僕もです」
サザはウスヴァと見つめ合いながら言って、思わず笑いあった。二人が見ているものはきっと同じだとサザの中に確信があった。今にも手が届きそうな希望に、サザの心は温かく照らされていた。
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