【俺と国王と竜】

 この場から解放されたいのに、ルイズワルドはしつこかった。

 俺は解放されず、話題は竜についてに移る。王は竜によほど興味があるようだ。


「――なるほどな。では、竜は番とでないと竜の子を成せぬと聞いたが、それは真実か?」


 こうやって竜について質問され続けている。


「別に番じゃなくても竜は生まれますよ。竜の目で生まれるかどうかは運次第です。兄弟でも竜だったりそうじゃなかったりがあるくらいで」

「そうなのか。ジェームズはそうは言っていなかったが……」

「父の話を真に受けてはいけませんよ。あれは番に狂った竜ですから」


 おおかた、父は俺も弟も竜で生まれてきたから惚気のろけでそんなことを言っているのだろう。


「よくわからんな」


 こういう時の眉の動かし方は、少しクララベルに似ている。クララベルもよく「わからないわ」と眉を寄せるが、あれは分かるように説明してと促すときの仕草だ。


「分家って意外と竜について知らないんですね。うちの父と、そういう話をしませんか?」

「ジェームズと直接話をするには、いろいろとあってな。カヤロナ家は竜についてよく知らないのだ」

「偉いのに、おじさんにも知らないことがあるんですね。竜の血を引き入れようとするくらいだから、もう少しご存知かと思っていました」


 俺もカヤロナ家のことはよく知らないから、言えた義理ではない。


「我々にとってはバロッキーは大きすぎる商家という認識にすぎない。多少見た目は違うがな」

「貴族の中にも時々、大げさに騒ぐ人はいますけどね。オリバーもやけに竜を恐れているようでした」

「伯爵家の者でもそれか。まだまだ竜に対する誤った思い込みを正すには時間がかかりそうだな」

「まぁ、王家に頼らなくてもバロッキーの妻たちが、先にどうにかしそうですけどね」


 サリやエミリアは新しい時代を作るつもりでいる。それはもう動き始めていることだ。


「バロッキー家に嫁ぐ者がいるのは良い傾向だ。ここ何代か、バロッキー家の婚姻に関する記録が極めて少ない。婚姻に許可を求められた回数も、ジェームズとイヴの後はつい最近の二件のみだ」

「え、だって、国はバロッキーを差別する政策はやめても、流言を払拭するようなことはひとつもやってませんからね。バロッキーに嫁に来たい変わり者なんか、そうそういないってことです。うちのハウザーもルミレスも産みの母を直接は知りません」

「そんなことになっているのか……」


 国王は本当にバロッキーの実情を知らないようだった。

 竜は自分の護る範囲が脅かされない限り、国と距離を置いて生活する。

 普通ならもっと権利を主張したり改革を促したりしそうなものだが、実際にはそうした記録が何もない。

 竜本人よりも、サリやエミリアのように、外部からの視点を持つ者の方が衝撃を受けて憤る。


「俺にもその辺の詳細はわかりません。バロッキーの子を産んだと声高に言う者はいませんし、母親の権利もバロッキーに買い取られてしまいますからね」

「この代ではそのようなことは起きまいな」

「さぁ、どうでしょう。他の兄弟も俺のようにうまく相手を見つけられるといいのですけれど」


 王は苦い顔をしたが、結局それ以上バロッキーが金を払って子を産んでもらっている事情については言及しなかった。

 自分がしでかしたことでもないのに、王家の行いを悔いているのかもしれない。王族というのは誰も彼も窮屈そうだ。


「――それで、お前はクララベルの何を知ってクララベルを見初めた? 竜は番となる時はいったい何を知るのだ? アビィ……ベリルは、生まれた頃から夫と近くに居たから、番であることが当たり前だと言うので、ちっとも要領を得ないのだ」

「アビィって、アビゲイルおばさんですか?」


 アビゲイル・ベリルは見た目にはわからないが女性の竜だ。正統な王家の高貴な血を引いている。

 ルノーおじさんとは番で、どちらも竜の目は持っていないのに、竜の目を持つアルノが生まれた。

 

 アビゲイルおばさんは変に迫力があって、俺を猫の子みたいに扱うので苦手だ。あのおばさんに育てられたアルノが常識人に育ったのが不思議でならない。

 子どもの前で堂々といちゃつく両親のせいで、目が悪くなったのかもしれない、とは思う。いや、それじゃ俺が目が悪くならなかった理由が説明できないか。


「おばさんちは事情が違うと思うんですよね。竜は竜でもあの人たちは双頭の竜みたいなものだし。うちより血が濃いから、考え方も違うかもしれません」

「バロッキー家は全く様子が違うようだな。ベリル家は貴族然としているが、トムズ・バロッキーは商人らしい話し方をする」

「ええ、全然違いますね。うちは元王族っていう気概はないですし。バロッキー家は皆商人ですから」

「ジェームズとベリルも気質が全く違うな――だが、どちらも番を持つ竜だ」


 どうして王がそんなことを知りたがるのかが俺には不思議だ。


「何が知りたいのかは分かりませんけど、竜が番を選ぶのは相手を見た一瞬だとは思うんです。見た目で決めるというわけではないですよ。でも、相手が真に番だと自覚するのは人それぞれみたいで、鈍いと長くかかるみたいです。自覚して慌てふためく兄弟を何度か見ました。自分でうんと昔に番だと決めているのに気がつかないのです。俺は鋭い方なのでどちらも一瞬でしたけど」


 俺はあの鮮やかな一瞬を思い出していた。

 覗き見たあの僅かな時間だけで、クララベルを好きになるのだとわかった。


「すぐにクララベルが番だとわかったと?」

「そうです。自覚したのも同時でした」

「番だと決めるのは竜の血によるものなのか?」

「そんな難しいことではないと思います。もし竜の血によるものなら、似た容姿の番ばかりが竜に選ばれるはずですけど、竜はそれぞれ好みが異なるし、番の取り合いになんかなりません」


 いくら近くてもハウザーの妻であるエミリアに魅力を感じないし、サリなんか絶対に無理だ。利害が一致したから娶れとサリに迫られた時もピクリとも心は揺れなかった。

 他の人をクララベルと同じようには愛せない。

 

「選ぶ基準なんか普通の人と変わらないと思いますよ。誰が魅力的かなんて、一目見ればわかるでしょ? 違うのは、一目惚れの相手を間違えても他を選びなおしたり出来ない事です。いや、違うかな。そもそも間違えようがないというか……俺には竜じゃない人の駄目なら次っていう感覚はよく分からないです」


 政策で多くの関係を築く必要のあったルイズワルドには、残酷に響くのかもしれないが、俺にとってはこれが真実だ。


「何がどう変わってしまっても俺が寄り添うのはクララベルだし、クララベル以外は情愛の対象にならないので。クララベルが別の男を愛していても、誰に嫁いでも、こればかりは変わらない。どんなに苦しめられても、どんなに離れても、変わらずクララベルの幸せだけを願います」


 こんなこと、本当ならおじさんじゃなくてクララベル本人に言いたい。

 それでも、クララベルに対する想いの欠片を口に出して、俺は少し平常心を取り戻していた。

 これからの苦しみを考えて、出会わない方が良かったかと自問すれば、やっぱりクララベルに会えてよかったと思うのだ。

 微笑むクララベルが脳裏に浮かび、渦巻いていたどす黒い感情が凪いで、自然と笑みがこぼれた。


「……愛しているので」


「そうか、それが竜なのか……」


 竜なんて単純なものだ。竜は番のためならどんなことでもできる。

 そう遠くない場所にクララベルがいると思うだけで最悪な気分だって立て直せる。

 さっきまで葛藤が嘘のように霧散して、冷静に義理の父となる王の顔を見ることができた。


 俺が死んだことになるまでに、まだクララベルの為にやれることがある。そう思うと停滞していた頭が動き始まった。

 ルイズワルドと無駄話をしたのも、考えを整理するためには結果的に良かったのかもしれない。


(おじさん呼ばわりして、悪かったかな?)


 クララベルの父親は見た目と違ってよくしゃべる人だった。クララベルを愛していないわけではないみたいだし、人は見かけによらない。

 すっかり無礼に振舞ってしまったが、今後の動きを円滑にするために商人らしくルイズワルドに媚びを売っておこうか、とすら思える。

 もう一度気合を入れて猫をかぶりなおして王の方を見る。しかし、俺の気力が持ち直したというのに、なにがあったのか、ルイズワルドは絶望したような顔をして立ち尽くしていた。


「陛下?」

「いや、長話をしてしまったな。もうクララベルの所に戻ってやるがいい」


 ルイズワルドも王の仮面をかぶりなおしたようで、さっきの熱心な会話が嘘のように、騎士を引き連れて去って行ってしまった。

 俺はルイズワルドが去っていく背中を見送っている間も、これからの事で頭がいっぱいだった。

 だから、王のひどく傷ついたような顔が何に由来するのか、答えを導き出すことはできなかった。

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