【茶会 3】

 茶会は華やかな雰囲気で始まった。

 秋も深まり、紅葉した木々が明るく城の庭を飾っている。今日のような催しには温室から出された狂い咲きの花々が文字通り華を添える。それにも負けず、赤いドレスで着飾ったクララベルは大輪の薔薇のように華やかだ。


(やっぱりクララベルが一番美しいな。髪型と化粧はどうかと思うけど)

 

 ミスティは美しいものが好きだ。

 美しい父のことも、自分の容姿も、一緒に兄弟のように育ったバロッキーの子どもたちの美しさも好ましいと思っている。自分で選んだ美しいものを描くので、自分の絵も好きだ。

 美しい物をたくさん知っているにも関わらず、最も心を奪われたのは、幼い頃、0.物陰から覗き見たクララベルだった。


 深い青の瞳に山吹色の髪、白く透き通る肌には熱い血潮が透けて見えた。顔かたちが美しいというのともまた違う。それだけならばミスティの父であるジェームズなどは誰にも負けないくらいだし、兄弟たちだって劣るところはない。

 ただ、一目見て自分がその少女に惹かれているのが分かった。

 大人に対して尊大にふるまってみせるくせに、自室に続く中庭で無防備な格好でため息をつく少女。何かを想い、少し目を潤ませて空を見上げる姿は儚げに見えた。

 そんな顔をしたくせに、急に濃い蜂蜜色の眉を寄せて、何かを振り払うように頭を振り、気丈に立ち上がる様は、ミスティに何事かを思わせるには充分だった。

 ミスティは、その夜ちっとも寝付けず、盗み見た王女を一片も忘れるものかと、一晩中筆を動かした。あれは紛れもなく自分が欲する唯一のものだと竜の血が告げていた。


(あー、可愛い)


 ミスティは決して本人には言わないであろう惚気のろけを胸中で呟きながら、遠くからクララベルを見守っていた。


 クララベルが挨拶をしている間は少し離れた所にいなければならなかったので、ミスティはその間にせっせと菓子を貪る。成長期に入ったミスティは、食べても食べてもすぐに空腹になる。

 いつもの不貞腐れた顔を引っ込めて、優雅に挨拶をこなすクララベルに対して、そういえばあいつ王女だったなと、不敬な感想を持つ。


 挨拶後、クララベルの周りに、身なりを整えた貴族や豪商の子息達がわらわらと集まってきた。一部の者は、社交界に不慣れなのだろう、会話の順番を待っているのか、後ろの方で、人の切れ目を探してうろうろしている。

 

 貴族の世界で生活するのは肩が凝りそうだなと、ミスティは花の花弁を練り込んで焼いた菓子に舌鼓を打ちながら思った。


「クララベル様、今日はまた一段とお美しい」

 

 先に話していた青年を押しのけて、貴族の子息と思われる青年がクララベルに話しかけてくる。押しのけられた青年は顔をしかめたが、それが貴族令息だとわかると愛想笑いを浮かべた。


「ごきげんよう、オリバー。お父上はお元気?」

 

 青年が熱を込めて口にした挨拶をクララベルはそっけなく受ける。


「はい、クララ様がまた遊びに来てくれるのを、楽しみにしていると申しておりました」

 

 オリバーと呼ばれた青年はきっちりと撫でつけた髪を手癖なのか何度も触りながら、周りにクララベルとの親しさを知らせるように幼少時の呼び名を口にした。どうやら幼少期からの知り合いであるらしい。


「あら、もう子供ではないのだからそんな呼び方しないで。それと、私、遊びに行ったのではなくて、サンドライン卿の所有する彫刻家の作品を見せてもらいに行っただけよ。あの彫刻家の作品を今度、展覧会に出そうかと思っているの」

 

 手振りを交えてクララベルは慎重にオリバーとの距離を取る。

 

「――そうだったのですね! それでは我がサンドライン家がその彫刻家の……」

「もう、それは手配したから大丈夫よ。良い彫刻を見せていただいて有意義な訪問だったと、サンドライン卿に伝えてちょうだい」

 

 周りを牽制しようとする貴族の青年をあしらうのも手慣れている。

 胸がすく思いでミスティは笑いをかみ殺した。

 

 ミスティはクララベルにやり込められた男がどんな奴かよく見てやろうと近くまで歩いていった。すると、青年のおろしたてに見えるジュストコールに、金気かなけを感じて神経を尖らした。

 手にした焼き菓子を口に押し込み、扇で隠して咀嚼そしゃくしながら足早にクララベルのところまで移動する。


(いったい何を持っているんだ……?)

 

 ジュストコールに注意を向けたまま、クララベルの赤いドレスから伸びる白い細い腕に手を絡ませる。


「まぁ、ミス――ミッシーどうしたの?」


 ミスティが目を細めて、それとなくジュストコールを検分すると、袖口から鉄の匂いがする。


(なんだ……びょうか?)


 黒いベルベットの生地に、なぜか鋲が縫い付けてある。よく見ると、ただの鋲ではなく、不必要にトゲトゲとした鋲が肩にも棘のように生えている。

 金属臭のくだらない出所にほっとして、ミスティはニコニコしながら扇を口元に当て、クララベルの耳元に寄りに寄る。

 

「なに?」

 

 ミスティは周りの男たちを牽制するような気持ちでクララベルの耳に唇が触れそうなほど近づいて「なに、あの鋲、ダッサくない?」と目の前の青年のジュストコールの感想を、クララベルに囁く。表情はくずさなかったが、ミスティはクララベルの貼り付けた柔和な笑顔の裏で、笑いを噛みしめる音を聞いた。


「――そうね、そんな時間ね! そろそろ行きましょうか。そうだわ、ミッシー、こちらはサンドライン伯爵家のオリバーよ。オリバー、こちらは私の絵画教室のお友達のミッシー」

「ミッシーと申します」


 ミスティは声をごまかす為、蚊の鳴くような声で告げて、美しい所作で膝を折り、礼の姿勢をとる。元の王家であるベリル家仕込みの所作は一国の王女にも劣らない。

 更に、ミスティはオリバーに含みを持たせた笑顔を見せる。

 ミスティの女装は完璧だった。儚げに見えるだけでなく色香まで漂う。


「ミッシー嬢、とおっしゃるのかい? どちらのミッシー嬢だい?」


 瞬く間にミスティに魅了されたようで、オリバーはミスティを不躾に観察している。

 今までクララベルを熱っぽい視線を向けていたのに、自分に興味を移したオリバーをミスティは蔑みの目で見る。


(なんだ、こいつ見た目が良ければ何でもいいのか?)

 

 竜の血を引くミスティにとって、竜の血を持たない人々が幾人もの相手に興味を抱くことは理解できないことだった。

 不快に思い、オリバーの前からクララベルを遠ざけたくて、無意識に腕に絡めた手の力を強くすると、クララベルが首をかしげる。

 クララベルはミスティがオリバーを怖がったのだと解釈したようで、ミスティを守るように一歩前に出る。

 

「あら、オリバー、ミッシーは私の秘密の友達なのよ。そんな穴が開きそうなほどに見つめてミッシーを困らせないで」

「いえ、そのような……ただ、クララベル様が、そのような可憐なお嬢さんとお知り合いだとは存じ上げず――」

「まぁ!」

 

 クララベルが不機嫌そうな声を作ると、オリバーは分かりやすくまごつき始めた。


「私に友達がいないとおっしゃりたいの?」

「いえ、そのようなことは……」


 オリバーが言い淀んだところで、クララベルはこの場を離れる良い口実が出来たとほくそ笑み、ミスティの手を取る。


「ミッシー行きましょう! 私、食べたいものがあるの。挨拶はお終いよ。ミッシーと女同士の話がしたいわ」


 まだミスティについて聞きたそうにしているオリバーを振り切ると、我儘王女と揶揄されるにふさわしい強引さで、ミスティを連れだす。


「それでは、オリバー、失礼するわ」

「失礼いたします、オリバー様」


 菓子の置いてあるテーブルへ向かう艶やかな二人の様子は、会場の目を引いた。


「ミスティにしてはいいところに来たわ。あいつ、しつこいのよ!」


 もう秋も中ごろなのに、クララベルは肘が見える胸元の開いた赤いドレス姿だ。

 美しく見せるためには妥協しない、が信条だが、じっとしていたので肌寒い。

 二人は連れ立って天幕の中の風の当たらない場所でお茶を飲むことにした。

 

「それにしても、何だあの服、流行ってんの? ベルベットに鋲ねぇ……革に鋲じゃなくて? 雨が降ったら錆びそうだし、うちじゃあんなの扱わないな」

 

 バロッキー家は大きな商家だ。装飾品や美術品を多く扱うが、最近は服飾も扱うようになった。

 

「ミスティ、あなた、オリバーが目の前にいるのに、どうしてあんなこと言うのよ! 私、吹き出しそうで大変だったのよ! それなのに……ふふ、ふふふふ」

 

 クララベルはよほど面白かったのか、顔を真っ赤にして笑い始めた。


「そうなの! もうね、ずっと誰かに言いたかったのよ。オリバーって、いつもあの調子なの! ちょっと不思議な恰好で、変に偉そうで。ミスティったら……もう、うふ、ふふふふ……耐えられない……」

 

 クララベルは心の内に秘めていた他愛無い悪口を誰かと分かち合ったことがなかった。人の悪口を言うのがこんなに楽しいなんて、と驚く。抑えようとしても笑いがおさまらない。


「自分で作らせたのかな? あんな服を吊るしで売る店なんかあるか? ヒースが着たら金気で気分悪くして寝込みそうだな」

「え? ヒースって、金属で具合が悪くなるの?」

「ヒースは竜の血が濃すぎるんだよ。感覚が鋭いっていうか、あんな服、鉄の匂いばかりがして、落ち着かないだろうな」

「竜って鼻がいいのね。ねぇ、竜ってどんな感覚で生活しているの?」

 

 クララベルはついこの間まで恋心を抱いていたヒースを思い出しても、もうちっとも心が痛まなかった。あまりにも番に執着する様子が激しいのを見て、幻滅したからにほかならない。

 皮肉にもクララベルは、ミスティと婚約が決まってからの方が、それまでの何年かよりもヒースの事を知る機会が多い。


「へぇ? 初恋の王子様が気になるんだ?」

 

 ミスティは意地悪く揚げ足を取る。


「もうやめてよ。ミスティにヒースの話を聞くたびに情けない話ばかり出てきてうんざりなの。サリにべったりってだけで幻滅なのに。お願いだから、これ以上ヒースのイメージを壊さないでちょうだい。初恋は綺麗な思い出でとっておきたいのよ」

 

 ミスティはクララベルに熱心にヒースの話をする。そのたびにクララベルはいったい自分の知っていたヒースという青年は存在したのだろうかと首をひねることになる。

 せめて初恋のかけらくらいは残しておきたいと願うのだが、クララベルの願いに反してどんどんヒースのイメージは地に落ちていく。最近では番のサリの前に腹を出して寝転ぶ犬のようにしか思えない。

 

 少し風が強まり、天幕の外から季節外れの花の香を運んでくる。

 クララベルは本当に冷えたのか、身震いをすると体温の高いミスティにすり寄った。

 

「ちょっと、近いよ」

「寒いのよ! 今はお友達なんだから、少し体温を貸してくれるぐらいいいじゃない。ああ、失敗したわ。無理をしないで長袖のドレスにするべきだったわね」

 

 触れた肩ががあまりにも柔らかくて、ミスティは眉をひそめた。


「そんなに胸元が開いたドレスを着るなんて、どうかしてるよ」

「え? 似合わないかしら?」

「……いや、似合うよ。ド派手なのに下品じゃないし、いいものを選んだと思ってるけどさ。寒いだろ?」

「胸元より肩が冷えるわ」

「そこの女官さんに言って、レトさんに何か羽織る物を持ってきてもらいなよ」

「そうね。そうしようかしら」

 

 役得だが、この距離だと、うっかりすると胸の谷間まで見える。

 自分で鑑賞する分には申し分ないが、おかしな感情をクララベルに向ける男たちにこの姿は見せられない。男どもの目を潰して回ろうかとミスティは不穏な思いに駆られる。見た目は可憐な少女でも、ミスティは健康な十六歳らしい下心を燻ぶらせてクララベルを見ていた。

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