第75話 夜間作業




 宴が終わり、お腹を満たした俺たちは侯爵さまに感謝しつつ、明日へ向けての準備を整えた。


 そしてその夜。

 明日は朝早くから出発すると告げてあるので、入浴(キィクと一緒に入ったので平和だった)の後、すぐに解散してそれぞれに割り当てられた部屋で休むことになる。


 俺も地形を確認し終え、やたらと豪勢なベッドに寝転がって目を閉じる……。



《カチン、ギイッ……》



 と、扉が開く音と、軽く早い足音。

 咄嗟に枕元に置いておいた払拭の蒼ブルーカラーの剣を構えた!



「きゃあ」


「きゃあ?」



 そこに居たのは、メリムお嬢様だった。

 ベビードール姿で床にへたりこんで、俺の剣を見つめていた。



「かっ……」


「だ、大丈夫ですかメリム様……」


「カッコいい……♡」



 大丈夫そうだ、安心した。

 しかし何でこんな時間に、と言うかカギ掛けていたんだが……。



「こんな夜分に、メリムお嬢様お一人ですか」


「お一人でなくては、成せませんもの……」



 何か、よく見かける目付き。

 これは、逃げなくてはいけない。

 直感がそう言っているけれど、理性が待ったをかける。


 ここで逃げると、もっとヤバい状況になるという警鐘が響いていた。



「お、お嬢様……?」


「わたくしはタズマ様に呼ばれて来たのです。夜着のまま、信頼していた殿方の元へと訪れ、夜這いされてしまうのです…… ね、タズマ様。お部屋に入れていただいたのは、そのようなおつもりだったのですね。身体を、もてあそばれてしまうのですね……♡」


「しないよ!?」



 なるほどマズイぞこの状況は女の子有利だ。


 逃げ出しても叫ばれたらアウト。

 説得もたぶんアウト。

 ええと、剣星さまを呼んでも…… 辱しめたとか言われたらアウト。

 お父様ことコビニ侯爵を呼んだらなおアウトだ。


 どう足掻いても、乱暴をされたと言ってしまえばメリムお嬢様の勝ちなのだから。


 なんでこんなタイミングでこんな形のモテ期が来てるんだよ……!



「さぁ、わたくしと婚約を、いえもう挙式の日取りを決めておきましょう…… ウフフ♡」



 剣にも怯まず、メリム様が近付いてくる。

 前世では無くせなかった貞操が、こんな形で……!?



《バァァンッ!》


「ご主人様っ、ご無事ですか!?」


「し、シーヴァあっ!」



 扉を蹴って飛び込んできたのは女神、いやシーヴァだった。

 お嬢様を羽交い締めに止めると、続けて入ってきたプチが噛みついた。



《がぷっ》


「痛いっ、プチ、何をするのっ!?」


「ご主人の、貞操の危機…… ん?」



 シーヴァの肩に噛みついて…… どうやら影になってメリムお嬢様が見えなかったようだ。

 でもお嬢様に噛みつかなくてよかった……。


 それこそ不敬罪で色々なことが起きたかも。



「は、離しなさいっ、わたくしは多人数での行為など望みません」


「いいえ、ご主人様に害を成そうと言うのであれば、私は全力をもって戦います」



 そう言って、シーヴァは胸を張る。

 すると、眠る寸前だったのだろうネグリジェの胸の谷間にメリムお嬢様の頭が埋まった。

 スゴく、大きいです……。



「と、いけない。こんな時間に騒ぐと他の方々にもご迷惑となります。今のコトは出来心として、私は何も訴えませんから…… お嬢様も、お引き取りください」



 シーヴァの鼻なら証言として足りる精度だし、ここでこう捕まっているならもしお嬢様が叫んでも俺は被害者として認められる…… ハズだけど…… 最終手段に持ち込まれないといいなぁ。



「タズマさまぁ…… わたくしのこと、が、お嫌いなのですか…… わたくしは、お慕い申しておりますのに……」



 ううん、なんか聞き覚えあるなぁ。

 あ、これヤマブキと同じ感じなんだ。

 ちょっとホッコリした。


 いかんいかん。



「メリム様。このようなマネをされては、好意も嫌悪に変わるかも知れません…… 私は、慎ましやかな女性が好みですよ」


「いや、イヤですっ、申しわけありません…… お許しください、お許しくださいっ…… 何でもいたしますからぁ……」



 いや、それはもういいから。

 と、扉の向こうから、キィクが起きてきたらしく顔を覗かせた。



「どしたのタズマぁ…… ってぇ!?」



 キィクの角度から見えたのはたぶん。


 寝る時はほぼパンツだけのプチのおしりと。

 ネグリジェ姿のシーヴァの背中。

 んで、ベビードール姿のメリムお嬢様の下半身。



「タズマ、乱れすぎだよぉっ!?」



 真っ赤になって叫んでしまってるけど、いや、乱れた姿がいっぱいいるだけで、俺は乱れてなんかないやい。



「きゃぁあっ!」


「いやっ、見るなぁっ!」



 さらに叫ぶシーヴァと、慌てるプチの回し蹴りを受けてキィクは廊下へ飛ばされた。

 どうやら気絶してしまったようなので、回復魔法を掛けて俺の部屋のベッドに寝かせておく。


 泣いているメリムお嬢様はその後、とぼとぼと部屋を出ていった。




 翌朝。


 メリムお嬢様は朝食の席に現れなかった。


 キィクは下着姿のシーヴァとプチ、それにお嬢様を見てしまっていらない責任感を感じ、どうすべきなのかと相談してきたけれどこれはいつものよくあることドタバタだと説得した。


 なお、昔はフクロウだったのに今では鳥目で夜は全く活動できないユルギは蚊帳の外だったけど、晩御飯も朝御飯も美味しいお魚料理が出たのでにっこにこだ。



「さぁ、出発しましょう」


「良いのか、タズマ殿」


「えー、昨夜のアレの後では私も真っ直ぐ顔を見れませんから……」



 俺の仲間内で内緒話はしたくない。

 昨夜のアレコレも全部話しちゃった。

 ただ、シーヴァとプチが『慎ましやかな女性が好み』というのは本当かと詰め寄ってきてキツかった。


 二人とも、昨夜のセクシーショットに俺が動揺していないとでも思ってるんじゃないだろうか。


 あぁもう、何で俺にだけそう警戒しないでポロポロ出すかなぁ。

 エッチなのはいけないと思いますっ。



「マスターのお好みは、つまり私のように慎ましやかに静かな女性なのですねえ」


「あ"ぁあ"!?」


「ぴやぁっ!?」



 マニルの呟きに、シーヴァとプチがキレた。

 ああもう、馬車の荷台で騒がない。

 と思いつつも、頬が緩む。


 こんな平和なやり取りこそ、ずっと続けていたいなぁと感じて。




 ☆




 これは後日談。


 メリムお嬢様による逆夜這い未遂事件だが。


 これがコーラル姫ことチアキの耳に入り、何だかケモノのような目付きになった姫に身の危険を感じた俺は、二週間程街の中の宿屋を転々とした。


 更に後日、魔法でしっかりと掛けられるカギ魔法を学んで、この騒動に終止符が打たれる。


 貞操の危機は、免れたのだ。



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