第25話 入浴中に迫る影にケモ耳




 マッハバトさんの設計した浴室は、大浴場と呼んでも差し支えない大きな浴槽と洗い場を備え、広々としていて解放感抜群だ。


 お陰で毎日、俺たち家族だけでなくメイドたちも含め、男女を分けても混雑することなくスムーズに入浴ができていた。

 これまで、メイドたちには洗い場横にあったお湯が出るだけのシャワーしか使えなかったから、ここには全員が喜んだものだ。


 ただ、俺たちは予定外に『帰ってきてしまった』ので、男性陣お父様や兄さんたちの入浴時間が終わって、女性陣の入浴時間が始まってしまっていた…… つまり、俺の入浴は一番最後になるってコトだ。


 女性の入浴時間はメイドたちも含まれているので、そりゃあ長い。



「お待たせしましたご主人様」


「みんな出たよ。湯上がりにアイスでも出す?」


「いや、いいよ。歯を磨いたし」



 女性のあとの入浴に少し気持ちが浮わついて、そんな会話を軽く交わし一人風呂場へと急いだ。




 ☆




 良いなぁ。

 足が伸ばせる浴槽は、良い。



「そんなことを思ってしまうの、日本人だからかね」



 髪と体を洗って、流してから湯船に浮かんで手足を伸ばす。



「んあ~っ…… サイっコーだぁ……」



 大人でも湯船に大の字で居られる広さ。

 前世では、銭湯や旅先の旅館やホテルでもないと出来ない贅沢。

 普段からこんなコトが許されるなんてね。


 アレ、でも何か、お湯が白いな。



「入浴剤か何か、かな。なんか、懐かしい甘い匂い…… 好きだな、これ。普段から入ってたかな?」


「ありがとうございます。それは、私の母乳がこぼれたからなのですよぅ」



 びくぅん、と、湯船の中で背筋を伸ばした。



「ま、マリーア?」


「はい、私です。久しぶりに、お背中を流させてくださいますか」


「だ、だだだダメだよ、男女七歳にして……」


「私は乳母ですよ? タズマ様のどこもかしこも、まるっと知っておりますから問題などありませんよ」


「ありまくりだからっ!」



 マリーアが知っている俺の身体は幼児の頃で、俺が知らない女体マリーアのコトは男の子には刺激が最強なんだよっ。

 咄嗟に湯船のふちにあった手桶で自分の股間を隠す。

 しかし、バスタオルで胴体を隠しただけの乳母は、その熟れてたわわな肉体は、もう目の前に迫っていた。



《ざぶ…… ドタプンッ、ざぶ…… ドタプンッ》


「や、め…… でっ、かあ、でっかぁ……」


《ドタプンッ……》



 俺もようやく十歳になって、この生活にも慣れて。


 ただ、多感で微妙なお年頃になっているのは間違いないので、夜に何かが『起きて』しまうのはあり得るし、早朝の生理現象を迎える前に『通って』しまう可能性もあるわけで。



《どぶるるんっ》



 目が離せない。

 行き着く先は未開発地、天国を越えて地獄なんじゃなかろうかと妄想が駆け巡り、マリーアの白く細い腕がもう、肩に……。



「そんな、らめぇ!」


「どうなさいましたご主人様ッ」


「っ、シーヴァあっ!」



 現れたメイドに、心から助かったと思ったんだが。



「水着を着ていて遅れましたッ」


「早くはいってよ犬ぅ」



 その姿に絶望し、続いて入ってきたプチの姿に愕然とした。



「その格好は……」


「二人のお給金で買ったの。ボク、似合うかな」



 そりゃあプチは普段からエプロンを着けているのだから『スク水亜種エプロン型水着』なんて攻撃力が高すぎる。

 シーヴァは青、プチは赤か、二人とも可愛い。


 しかし、これは一体どういうつもりなのだろうか?



「残念です……」



 横でぽそりと呟いた言葉が聞こえたけど、状況が飲み込めない。



「うふふ、タズマ様、驚かせてしまい申し訳ありません。今日はご相談があって、こんな場所ですがお時間をいただきたく参りました」


「俺に、相談?」


「はい。それは亜人の話で、タズマ様だけに伝える必要があると思ったので~」



 あまりのことに頭がアホになっていたみたいだ。

 そうだよな、兄弟全員、マリーアにお世話されてるんだから。

 マリーアがそんな、ね。



「ん、分かったよ。二人は、マリーアから相談したいと持ちかけられて見張りをしてる、ってところ?」


「いいえっ、ご主人様とお風呂でイチャイチャしたいので乗っかりました!」


「ボクも」


「はぁ、正直者め……」



 ここまで真っ直ぐだと、怒るに怒れないだろ。


 また後日、その水着を着て海に一緒に行くと約束して、シーヴァとプチには入り口の見張りを頼んだ。

 あとは、俺の心が落ち着き次第、話を聞こうと思う。


 ってか、バスタオル一枚じゃどうやったって足りない質量なので、マリーアにも水着を着てほしかったのに。



「あれは脱ぐ時に胸元が破けてしまいまして~」



 すでにアーマーブレイクしていたというのか、恐ろしい。




 ☆




 マリーアが話したいと言っていたのは、幼馴染みの熊人ベアリアについての事だ。


 彼女は元々真面目で仕事が早く、しかし口が悪いのが玉に瑕というヒト。



「僕も知ってるよ、肉とか素材を扱っている大きな熊人だよね。彼女がどうかしたの?」


「はい。ここ数日、男爵家への取り次ぎを求められたり、男爵家の見取り図を求められたり、どうにも行動が危ういのです」


「それは、魔法で惑わされているような?」


「私には分かりかねます。ですが、いつもの彼女でないのは確かです。彼女は自分で売り物を厳選し、全ての品に最高級品を並べるのが主義でした。しかし、それが何日も出来ていないのです」



 三日ほど前からおかしいと感じていたので、俺に打ち明けた、と。



「でも、何で僕に?」


「あの、ちょっと言いにくいのですが、彼女は『幼児性愛ショタコン』で。タズマ様に一目惚れしているのですよ」


「はぁ?」


「ほう、良い趣味だなその熊」


「今度会ったら、勝負だね」



 マリーアの言葉にビックリしている俺を放って、二人とも笑顔になってるが…… 狩りをする時の眼光で嗤わない。



「そういった好みはそのままのようで、タズマ様にならばすぐにでも会いたいと。警戒されないというのが一つ」


「は、ははは。そう、それであとの理由は?」


「タズマ様は、回復魔法を学ばれておりますよね?」



 確かに、特に親和性を見せた回復、補助魔法はこれからの俺の必須になるだろうと思っている。


 だが回復魔法は特殊で、攻撃魔法(基礎)を把握しつつ人体構造にも通じていなくてはならないという、難易度ハードな魔法だ。


 この世界での使い手は、かなり少ない。


 もちろん、コートン先生も使えないので、攻撃・補助魔法と教えてもらって所謂いわゆる基礎修行としていた。



「回復魔法を? それじゃ、何かの薬とかで操られているかもってコトかな」


「はい。うふふふ、本当に、賢くなられました……」



 笑いながら、俺の髪を撫でるマリーア。

 ただいつもとは違い、まだ濡れているので視線が下がってしまう。



《ムチッ、ポヨン……》



 ほんわかした笑顔で、とんでないアンバランス。

 ふくよかな牛人カウマンの女性は多いが、マリーア程のバストはそういない…… そういや、湯船に濁るお湯は、マリーアのまだ出る母乳が混ざっているんだっけ……。


 俺は理性を振り絞って視線を戻す。



「でもまだちゃんと使えないし、使える人なんて伯爵様の魔法使いくらいでは。ん? なるほど、回復じゃなくて、毒消しアンチドートだけでも出来ればって言いたいんだね」


「はい。それが理由の二つ目ですね。彼女にはタズマ様にお目もじ願うと伝えてあるので、場所を整えて会っていただきたいの。早く毒消ししないと、もう、彼女に会えないかも知れないと感じています…… どうか、よろしくお願いいたします」



 親しい人が、別人のようになっていたら。


 もし俺の親しいヒトが…… そう考えるとゾッとする。

 不安だったろうな。

 それも、自分の仕えている主人にとって危うく怪しい態度を取り始めているなんて。

 誰かに突つかれたら、すぐに警備員に掴まってしまう。



「分かったよマリーア。この内容じゃ、お父様もお母様も行動できないし、兄弟では捕まえる手段しか取れなかった。姉さんの『鑑定』は状態の証明にはなるけど彼女が助かるかと言われたらどうにもならない」



 状況整理の材料として思い付きを口にしていくと、そうか、姉さんには協力を得ておきたいなと考え直す。



「お任せしても、よろしいのですか? 彼女は、助かりますか?」


「うん。助けよう。民間の意見を定期的に聞く場所を作るとか、そんな名目で会議室を使わせてもらお」



 こうして、風呂場での直訴は俺が許諾して終了だ。


 明日から、毎日は無理だから曜日などを決めて民間の意見を聞いてみるとお父様に言ったらどうだろうか。



「タズマ様、どうか、どうか、よろしくお願いします……」



 沈痛な面持ちのマリーアは見ていたくない。

 早速行動しよう。

 その前に。



「うん、話は分かったから早く出て」


「あら、お背中は……」


「ダメダメッ、一人でできるっ」



 そうして、前世でも経験がない彼女らを追い払って落ち着かないと。



「では、成功報酬ですね」


「マリーア殿、その時はお供いたします」


「楽しそう、ボクも」



 扉の向こうで、不穏な言葉が交わされているのは聞かなかったことにしよう。



「はーっ、ドキドキした……」


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