第45話 新婚旅行(2)~空の旅~

 飛行機が飛び立ってから一時間は良かった。

 雲の上から見える景色も素晴らしかったし、これからのワクワク感があった。

 しかし、約5時間が経過した今俺たちは猛烈にだるい。


「……」


 それはもう好奇心の塊のような百合が押し黙って黙々とスマホでパズルゲームをしているくらいには。機内の座席では映画なんかも放送していたけど俺たちの世代にしてみればあまり馴染みのないものも多くイマイチ興味を惹かれない。


「海外の旅を舐めてた……」


 確かにこれは暇つぶしが無いと退屈で死ぬ。

 なんせ隣の席と非常に近いので、賑やかに百合と談笑するわけにはいかない。

 通路側の席の人を邪魔してしまうかもだし、その通路側の席の人にしてもアイマスクをつけてぐっすり眠っている。


「修ちゃん、対戦しない?」


 声を潜めて百合が勝負を持ちかけてくるが退屈が限界に来たんだろう。

 確かに俺も黙々とゲームをするのにも飽きてきたところだ。


「よし。やろう」


 百合がよくやっている1 VS. 1で対戦可能なパズルゲーム。

 インターネット経由で知っている人とも対戦できるのがウリだ。

 こういう時、飛行機でネットが使えて本当にありがたい。


 しかし、百合がすぐ隣にいて下手したら密着する距離なのに色気も何もない。

 ともあれ、二人で対戦していれば気もまぎれるだろう。


「よし。連鎖」

「うんーーー」


 でも二人で部屋でやるときのように声をあげられる状況でないのが辛い。

 淡々とお互いにブロックを崩して相手に妨害をしかけるの繰り返し。

 対戦ゲームの盛り上がりには声も案外重要だったんだな。


「……やめよっか」

「ああ、そうするか」


 イマイチ盛り上がりに欠けることに百合も気が付いたんだろう。

 ゲームをやめると途端に眠気が襲って来た。

 そういえば出発したのが日本時間で夕方頃か。

 眠くなってもおかしくない時間帯なのかもしれない。


「いや。まだ午後10時か」


 大学生の俺たちにとって眠るには少し早い時間。

 ただ、眠いものは眠い。


「修ちゃん眠い?」


 窓際の百合がこくりこくりと俺が舟をこいでいるのに気づいたらしい。


「ああ。日本時間でまだ午後10時なんだけどな……」


 ふわぁとおおあくび。


「修ちゃんのあくび見てたら私も眠くなってきちゃ、った……」

「じゃあ、寝るか」

「うん……」


 お互いに肩を寄せ合って少し窮屈なエコノミー席で眠りについたのだった。


◇◇◇◇


 日本時間で日が変わるころにシンガポール・チャンギ国際空港に到着。


「寝られて良かったね」

「ああ。起きたら着いてて助かった」


 少しぼんやりした頭で話し合う俺たち。


「しっかし。シンガポールも真夜中か。あんまり時差ないんだな」

「1時間差だって」

「ならそんなもんか」


 空港のロビーに出るまでそんなどうでもよいことを話していた俺たちだけど、


「わー。すごい。デパート並だよー」

「空港の店なんて……とか舐めてたな」


 成田空港にも色々なものを買えるところはあったけど遥かに豪華だ。

 見た目はまさにデパートというのにふさわしい。


「ここで何かお土産買ってく?」


 お土産か……。


「確かにシンガポールとかなんかありそうだよな。でも……」


 キャリーバッグを見下ろす。

 着替えや宿泊用セットに常備薬。その他色々。

 お土産用スペースはあるけど、行く途中に買うと少々辛い。


「帰りもシンガポール経由だったろ。そのときにしないか?」

「あ、確かに今荷物増やすとしんどいよね」

「そういうこと」


 しかし……。


「なんかさ。眠気が取れないんだけど」

「私も……なんでかな」


 時差ボケという奴か?にしてもシンガポールとの時差は1時間らしいけど。


「なんか休憩所探そうぜ。眠い……」

「うん……」


 二人して眠い眠いと言いながら休憩所を探して彷徨う。

 高校英語でもなんとか通じるようで仮眠スペースの場所を教えてもらえた。

 仮眠スペースにたどりつくとなんとか席が数個空いていて、残りは死屍累々。


「皆疲れてるんだね」

「ああ。海外旅行ってのはハードなんだな」


 万が一に備えて貴重品は預けてリラックスチェアに寝そべることに。


「もう……寝ちゃい……そう」

「寝ろ寝ろ。アラームはセットしとくから」


 乗り換えの飛行機に遅れては目も当てられない。


「うん。ありがと」


 と言ってすぐに寝落ちする百合。

 すーすーと静かな寝息が聞こえて来る。

 普段なら可愛いだの何だの思うんだけど俺ももう眠い。

 なんとかアラームをセットして、


「おやすみ……百合」


 こうして意識が落ちていったのだった。


◇◇◇◇


 数時間後。今度はシンガポールからロンドンのヒースロー空港への旅だ。

 しかもかかる時間が10時間超とさっきまで以上にきつい。


「もっと空の旅が楽になったらいいのにね」

「エコノミーに文句言うお客さんの気持ちがわかった」


 いかに初めての海外で新婚旅行と言えどしんどいものはしんどい。

 ロンドン行きの飛行機の中で今度はもう寝ると決めて俺たちは

 徹底して眠ったのだった。


 海外旅行とはかくも辛いのかというのを初めて知った気分だった。

 10数時間の空の旅を経てロンドンはヒースロー空港(LHR)に到着。


「やっと着いたー!」

「いよいよイギリスだな。なんか実感湧いてきた」


 空港は大きくて入国審査にかなり時間を取られたものの、なんとか現地に到着。


「お腹空いたー。フィッシュ&チップス食べよ?」

「俺もちょっと腹減ってたところ」


 入国審査を終えた俺たちが目にしたのはフィッシュ&チップスのお店。

 イギリスの定番料理の一つと言えるわけでこれを食べないわけにはいかない。

 フィッシュ&チップス二つに水……を頼んだつもりが炭酸水だった。


「No Gus?って炭酸水にしますかってことだったんだね」


 結局、あんまりよく考えずに注文してしまったけど。


「みたいだな。ま、炭酸水でもいいか」


 コクリコクリと炭酸水を飲むと喉が潤されて、喉が渇いていたのを思い知る。


「飛行機の中あんまりお水飲めなかったもんね」

「添乗員さんたまにしか来ないしなあ」


 もちろん飛行機の中では食事もあったし飲み物を頼める時間もあった。

 ただ、紙コップ一杯ほどの量だし意外とタイミングも限られている。

 というわけで水分が非常に不足していたのだ。


「あーうまい。腹減ってるせいかもしれないけど」


 酢がかかった白身魚を切り分けて口に運ぶと淡泊な味に酸味が効いていてさっぱりする。


「メシマズじゃなくて普通に美味しいよね」

「まさかここでもメシマズ期待してたのか?」

「さすがに今は美味しいの食べたい気分」


 黙々と二人でフィッシュ&チップスを食べていると体力が回復し始めて来た。


「とりあえず宿に行くぞ!」


 なんだかわからないテンションで握りこぶしを振り上げてやる気を出す。


「がんばろー!」


 対する百合もよくわからないテンションで握りこぶしをぶつけてきたのだった。


 結論。空の旅は結構疲れる。

 でも、新婚旅行はこれからが本番だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る