第7話 修ちゃんと初々しい恋人っぽいことをしてみたら

「了解。では、お待ちしております!」


 照れくさくて何故だか敬礼のポーズ。


「ま、それじゃあ、近い内に」

「う、うん。準備、しとくから……」

「じゃあ、待っといてくれ」


 ボソっとしゅうちゃんから返事が返ってきた。

 なんとなく、そう来るんじゃないかと思ってた。

 一瞬、その様子を想像してしまう。

 それはなんだかとても恥ずかしい事のようで。

 慌てて頭から想像を追い出す。


「あー、余助よすけは今日もいい子だねー」


 幸い、いいところに老猫の与助が寄ってきた。

 撫で撫でしていると、徐々に平常心を取り戻すのを感じる。

 やっぱりこの子を撫でていると癒やされる。

 でも、どことなく動きが前よりも鈍くなっている気がして。

 この子とお別れするまでそう長くないのかもしれない。

 そう考えると少ししんみりしてしまう。


「うん?考え事でもしてたか?」


 気がつくと、側には少し心配そうな顔の修ちゃん。


「与助、前より元気がないよね。ちょっと心配で」


 だからと言って私たちが出来る事は何もないのだけど。


「そうだな。この分だと……いや」


 言いかけて止めた言葉は嫌でもわかってしまう。

 

「濁さなくてもわかってる。お別れは遠くないのかも」


 たぶん、それは変えようの無いこと。


「そうだな。これからはいつもより構ってやろうか」


 私の少し感傷的な気持ちに黙って寄り添ってくれるのが嬉しい。

 他の誰でもこうは行かなかったと思う。  

 だから……。


「……」

「うん。どうかしたか?

「修ちゃんが一緒に居てくれて良かった。それだけ!」

「そうか。俺も同じ」


 少しの間、私たちはしんみりしていた。

 でも、いずれ来る別れなら、笑って見送ってあげたい。


「よし!もう湿っぽい話はなし!」

「別に無理しないでも」

「いいの。後の事はまた後で考えれば」

「そうだな。行くか」


 そっと繋がれた手の温もりを感じる。

 本当に一緒で良かった。


◇◇◇◇


 さて、初々しい恋人っぽい事。

 というわけで、まずは一緒に教室に顔を出す。

 

「おはよー」

「おはよう、皆!」


 Aクラの教室から一緒に入ってみる。

 どんな反応がかえってくるかな。

 からかわれるだろうか。流されるだろうか。


池波いけなみ、どういう風の吹き回しだ?」


 高校入学以来の修ちゃんの友人、川村かわむら君だ。

 なんだか怪訝な顔をしている。

 早速、獲物が釣れた?


「いや、別に恋人と一緒に来ても、いいだろ?」


 修ちゃんもわかってて、ぎこちない演技をするものだから。

 思わず噴きそうになってしまう。


「お前なー。妙に平然としてたと思ったけど……」

「あ、ああ」

「やっぱり恥ずかしかっただけだったんだな」

「ま、まあ、そういうこと」


 うりうりと肘を当てて嬉しそうに川村君が絡んでいる。

 私達を弄くりたくて仕方がなかったんだろう。

 修ちゃんも意外と演技が上手い。


「初日以降、堀川ほりかわさん、こっちに来なかったけど」


 修ちゃんのクラスメートの女の子が興味深そうに見つめてくる。


「う、うん。ちょっと恥ずかしくて」

「なーんだ。二人とも、ただの照れ隠しって奴だったのね」

「見栄張っちゃてごめんね」

「いいのよ。気持ちはわかるし」


 二人で初々しいカップルごっこ。何故だか楽しくなってくる。


「こ、これからは毎日お邪魔するかも」


 本当はお弁当を作るのが面倒くさくなっただけ。

 これからは一緒に食べるのも楽しいかもしれない。


「はい。こっちが修ちゃんのおべんと」


 楕円形のシンプルなお弁当箱をポンと手渡す。


「手作り弁当。だいたい、一ヶ月ぶりか?」

「たぶん」


 そのやり取りを聞いた周りは、


「一ヶ月ぶりかー」

「私達が冷やかしたから、照れくさかったのかな?」

「きっとそうだって。さっきは二人とも照れてたし」

「堀川さんも修二君も可愛いところあるよね」

「そうかな。なーんか、白々しいのよね」


 一人だけよく見ている子が居た。

 やっぱり、お芝居なことが見えちゃうのかな。


「お味噌汁も持って来てるからね。どうぞ」


 水筒からトクトクとお味噌汁を注いで手渡す。

 頑張って出汁からとってみた一品だ。


「用意がいいな。朝はそんな暇なかった気がするんだけど」


 それに気づいちゃうかー。

 良い言い訳は……言い訳は……。


「ゲーム中断した後、時間が余ったからついでに、だよ」


 苦しい言い訳だと私自身感じる。通じるか否か。


「……どうも、ゲームで完徹にしては元気があると思ってたんだよな」


 ああ。すぐに気づかれてしまうなんて。


「完徹しても、こんなものだと思うよ?」


 苦しい言い訳を重ねる。


「完徹「しても」「思うよ?」」

「な、なによう」

「完徹したのなら、そんな言い方はしないと思うけど」


 修ちゃん相手に嘘をつくのは罪悪感がある。

 だから、つい微妙な言い方になったのを見抜かれたらしい。


「そ、それは勘ぐり過ぎだよ」

「じゃあ、放課後。そのゲームのセーブデータ見せてもらえるか?」


 駄目だ。修ちゃんは確信している。


「なんで疑うの?」

「もうバレバレだろ。ゲームで徹夜ってのは誤魔化しだったか」

「もう、わかったよ。朝、早起きしてお弁当作ってたの」


 小さい声で真相を白状する。


「普通に嬉しいんだけど、誤魔化す必要があったか?」


 うう。無いと言えば無いんだけど。


「だって。健気アピールとか柄じゃないもん」


 だから流したかったのに。


「お前がそういうの好きじゃないのはわかってるし、今更隠さんでも」


 仕方ないなあと微笑まれてしまうけど、それはそれ。


「私としては、もっとスマートに行きたいわけですよ。ええ」


 元々、私はとてもものぐさだ。

 昨夜の内に作って冷蔵庫に入れておけるならそうしたかった。

 冷蔵庫に入れて味が落ちないか心配だった。それだけの話。

 早起きして苦労アピールとか、私の柄じゃないのだ。


「ありがたく頂くよ。ああ、なるほど。手間暇かかってるな」


 お弁当箱にはブリの煮付けに肉じゃがにほうれん草のおひたし。

 あとはきんぴらごぼう。全体的に煮たり茹でたりしたものだ。


「はい、あーん」


 機先を制して、修ちゃんに「あーん」されてしまう。

 きんぴらごぼうをもぐもぐと咀嚼する。


「うん。美味しい。さすが私」


 早起きして調理を始めた甲斐があった。

 少し眠いけど。


「自画自賛か」

「別にいいでしょ?」

「いいけどな」

「じゃあ、修ちゃんも「あーん」」


 ブリの身を一切れ彼の口に運ぶ。


「美味いな。嫁に来てくれないか?」

「結婚したら修ちゃんもご飯作ってね」 

「今度は俺が美味いお弁当作って来てやるから」

「くう。修ちゃん、その返しはずるい!」


 胸の内に幸せが広がる。

 冬の日差しが差し込んできてとっても気持ちがいい。


「結局さ。昨夜RPGはどこまで本当だったんだ?」


 そこ聞いてきますか。


「積みゲーはやってたけど……早めに寝ちゃった」

「やっぱりな。目ぼしい新作なかったから変だと思ったんだ」


 それはバレるよね。

 

「しかし、なんでまた紛らわしい言い訳を」 

「付き合って一ヶ月でしょ。気分変えてみようかなって」


 でも、正直に言うのが少し照れくさかっただけ。


「お前、記念日の類こだわるもんなあ」


 なんていうかわかったように言うけど、当たっているから反論出来ない。


「普段はずぼらですけど、そういうのだけこだわりますよ。私は」


 少し拗ねてみる。ちらちらと反応を覗いながら。


「拗ねるなよ。今日の放課後はお返し買いたいし。デート行こうぜ」


 こういう事をさらっと言えるのはやっぱり修ちゃんだ。

 昔からそうだった。

 

「じゃあ、放課後はペアリング買いたいから、付き合って?」

「ペアリング……百合が?」

「なんで意外そうな顔してるの?」

「いや、てっきりゲームショップ行こうとか言うものだと」

「私も乙女なんですけど?」

「じゃあ、行くか。ところで、高いのは勘弁な」

「わかってる。3000円とかのあるから。それなら大丈夫でしょ?」

「まあ、ゲームソフト一本とあんまり変わらないか」


 ふと、クラスの皆の反応が気になった。

 初々しいとか思ってくれるだろうか。


「お前らさー。やっぱり付き合って一ヶ月とは思えないぞ」


 川村君は嘆息しながら、そんなお言葉。


「やり取りが慣れすぎてるよね」

「私達が見てても、全然動じてないし」

「さっきは少し初々しく見えたけど……」

「謎だよねー」


 私達は初々しいと思ってもらえないらしい。

 付き合って一ヶ月。

 気合いを入れてみたけど何がまずかったんだろうか? 


 放課後。ペアリングを買いに行く道すがら。


「百合とも付き合って一ヶ月か」


 隣を歩く修ちゃんは感慨深げだ。


「付き合ってみてどう?」


 今更聞くものじゃないかもしれない。

 でも少しだけ聞いてみたかった。


「大きくは変わらないけど」

「けど?」

「前より愛しくなったかもしれない」


 ぎゅっと抱き寄せてくれる。


「うん。私も。もっと好きになった」


 頭を寄せてみたりする。

 目と目があえば、ちゅっと軽い口づけ。


「キス出来るようになったのも付き合ったおかげだし」


 唇を重ね合わせるともっと愛情を感じられるから好きだ。


「最初は恥ずかしかったけどな」


 今となってはキスは時折するようになってしまった。


「クラスの奴らの反応は期待と違ったな」

「もっと、初々しいねーとかそういうのを期待してたのに」

「あーんとか、恥ずかしいつもりだったんだけどな」

「なんでだろうね」


 二人で頭を捻りながらの放課後デートとなった。

 初々しいカップルごっこは失敗だったらしい。

 一体何が足りなかったのかな?

 首をひねる私達だった。

 

☆☆☆☆第3章あとがき☆☆☆☆


付き合って一ヶ月のある日の出来事でした。

もうとっくに初々しさ抜けちゃっていますね(笑)。

そんな二人のちょっと変わった関係を楽しんでいただければ。


もう全然初々しくなくなった?二人ですが、応援コメントや

もっと先読みたい:★★★

まあまあかな:★★

この先に期待:★

くらいの温度感で応援してくださるととっても嬉しいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆

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