第4話 百合と恋人になった事を周りに打ち明けてみた

「うーん……よく寝た」


 窓から朝日が差し込んで来て、自然を目が覚めていた。

 時刻は6:30。いつも通り、早寝早起きだ。


(しかし、恋人か……)


 百合ゆりと恋人になってから一日。

 昨日はちょっと二人して暴走してしまった。

 何度も深い口づけをして……。


(肉欲ありきか、とか川村に言ってしまったけど)


 恋人同士になったと思えばそういう欲望は出てきてしまうのか。

 何事も体験しないとわからないんだな。

 

「少しは頭冷えたかな」


 鏡を見ると、微妙にやけてる男の姿。

 平常心、平常心。俺たちはまだまだ恋人同士になったばかり。


 でも、一日でだいぶ距離が縮まった気がする。

 恋人という関係じゃないから触れ合うのに線を引いてただけか。


(恋人、というキーワードの魔力かもしれない)


 あまり頭ピンク色にならないようにしないと。

 あー、そういえば、クラスメイトにどう言ったもんかなあ。

 今でそれなりに満足と言ったその日に恋人になりましたとか。

 しかも、キスとかまでしてるとか。


(これ、もしかしなくても)


 報告したら「付き合ってるの隠してたんだろー」と言われる流れ?

 だって、普通の奴は即日付き合いだすとは思わないだろうし。

 どうしたらいいんだ。本当に。


(でも、いずれバレるだろうし)


 わざわざコソコソとするのは趣味じゃない。

 百合も堂々としてたいだろうし。

 よし、言おう!


【おはよー、修ちゃん。大好きだよー❤】


 枕元のスマホを見ると、なんとも珍しいことに百合からのメッセージ。

 百合はズボラな奴で、おはようのメッセージなぞ来た試しがない。

 百合なりに恋人になった事を喜んでいるんだろうな。

 そう思うと、なんかニヤけてしまう。

 どんだけ可愛いんだよ。


【おはよう、百合。俺も大好きだぞ】


 少し恥ずかしい気持ちで返信する。


 百合のことだし朝はのんびりしてるだろう。

 こちらはこちらで食事を済まそう。


「どうなんだい?百合ちゃんとは」


 母さんが何やらニヤニヤとした表情で聞いてくる。


「昨夜報告した通り。恋人になったっての」


 前から我が母は百合と俺の仲が気になっていたらしい。

 昨日は部屋であんなことをした後だ。

 「付き合うことになったよ」とは言ってある。


「そんな事じゃないの。百合ちゃんと恋人になってどうだい?」

「どうって」

「嬉しいとか、念願の想いがかなってとか。色々あるんじゃないの?」

「それは嬉しいけど。百合の事を意識したのは最近だって」


 半分は本当で半分は嘘だ。


 百合との距離感はやっぱり傍からみると特殊で。

 親しくしている母さんでもわからないだろう。

 意識しようと思えば出来たけど、無理に関係を変えることもない。

 そんな、ちょっと変な関係だったわけだし。


「じゃ、そっちでもいいけど。とにかく、改めておめでとう」


 この生暖かい目線というのだろうか。

 どうにも居心地が悪い。


「その目線やめて欲しいんだけど」

「いいじゃないの。ま、いずれ付き合うとは思ってたけどね」

「そこは別に否定しないけど」


 振り返ると、百合とずっと友達でいるか、先に進むか二択で答えろと言われれば。

 きっと、後者だと迷いなく答えていた。

 百合が向けてくれる好意については疑いようがなかったし。

 単純に関係を変えるのが面倒くさかった、のだろう。

 実際には面倒くさがる程のこともなかったわけだけど。


「修二」

「ん?どうしたんだ?父さん」

「百合ちゃんを大切にしてあげなさい」

「ああ、前からそうしてるよ」

「今までは友達としてだろう」

「はいはい、わかりました」


 これ以上この恥ずかしい雰囲気は耐えられそうにない。

 残りの朝食をかきこんで急いで席を立つ。


「じゃ、行ってきます!」

「もう。そんなに照れることはないのに」

「ま、俺たちも若い頃はそんなものだっただろ」

「そうかもしれないわね」


 いい歳して何を見つめ合ってるんだか。

 いずれ、俺と百合もこんな光景を作っているんだろうか。

 って、気が早過ぎる。遠い未来より、今日のことだ。


 というわけで、いつものように、百合の家に向かう。

 ピンポーン。インターフォンの音がなる。


「はいはいー。修ちゃんの愛しの百合だよー」


 やけにテンション高いな。

 ウキウキしてるのが伝わって、嬉しいやら何やら。


「な、なんだよ、そのテンション。いつも通りでいいって」


 さすがにここで俺も好きだぞと言い返すのが気恥ずかしい。


「修ちゃん、照れてる?」

「ま、昨日の今日だしな」

「良かった。私だけテンション高かったらどうしようかって」

「ま、まあ。そんなわけないだろ」

「それでも、少しは不安になるの」

「じゃあ……好きだ、百合」


 不安になる、と言われて思わず反射的に言ってしまった。

 百合にこういう表情をされると、安心させてやりたいと思ってしまう。


「修ちゃん……」

「これで伝わったか?」

「すっごい伝わった♪」


 ぷつっと鳴って、通話が途切れる。

 あ、インターフォンの前で1分喋ってたか。

 何をやってるんだか、俺達は。

 ちょっとしたじゃれ合いがすっかり甘い雰囲気だ。


「どうなの?百合。修二君と恋人になっての感想は」


 おばさんが、俺達に視線を向けて聞いてくる。


「う、うん。楽しい、かな」


 目を伏せて心なしか頬を赤く染めている。

 どうも、インターフォン越しの会話をまだ引きずっているらしい。

 色々可愛すぎるけど、それはそれとして-


「ま、まあ。それなりに楽しいですね」


 なんとなく余裕ぶってみるものの、装えているかどうか。


「でも、一日ですっかりラブラブねー。何があったのかしら?」

「お母さん!」


 珍しく強い調子で言い含める百合。

 そんなことすると-。


「ま、まあ。恋人になれば多少は距離も近くなりますよ」

「ふーん。キスとかしちゃった?」

「ノーコメントです」

「どっちでもいいけどね。でも、安心したわ」

「それはまあ、百合はずぼらですからね」

「そうそう。でも、修二君の事好きなのは伝わって来たけど、いつもどおりっていう感じで、何考えてるのかしらね、って心配だったのよ」


 なるほど。

 そういう所は母親でも案外見えないもんなんだな。


「とにかく、百合の事、お願いね」

「はい。百合のことはよくわかってますから。大丈夫ですよ」

「ほーんと。これは孫の顔が見られるのも近いかしら?」

「色々、いたたまれないので、そろそろ止めてもらえると……」


 あんまり弄くらないで欲しい。

 あ、そういえばまたおじさんは居ないな。

 きっと話は通ってるだろうけど、どういう顔をされるか。


「今日も晴れて良かったねー」


 昨日に続いて、天気は晴れ。

 冬用のセーラー服に身を包んだこいつはくるっと一回転。

 健康的な素足が靴下の隙間から覗いて、ちら見してしまう。


「そか。調子はもう普通か?」

「わかんない。とりあえず、落ち着いたけど。からかわれるのに弱かったのかな」


 はにかみながら言う百合は、昨日までとやっぱり少し違っていて。


「同じなのかね」

「同じ?」

「嬉しいけど落ち着かない気持ち」


 平常運行に戻ったかといえば、またすぐに意識してしまう。

 キスの影響も大きいのかもしれない。


「そういう、感じ。ジェットコースターに乗ってるみたいな?」

「よっぽどだなー」


 人の事を言えた義理ではないけど、俺以上に百合は気分が揺れ動いているらしい。


「修ちゃんは……私よりだいぶマシそう」

「マシって……」


 言葉選びに思わず笑ってしまう。


「笑わないでよー」

「いや、マシって。マシってさー」

「じゃあ……巻き添えにするから」

「え?」


 と言う間もなく、強く抱きしめられてしまう。

 

「そ、それ、自爆だろー」

「修ちゃんも同じようになればいいでしょ!」

「いやいやいや。もっと落ち着いて行こーぜ」

「落ち着かない!」

「くすぐったいっつーの」

「だいぶドキドキ、してきた?」

「十分、十分ドキドキしてるっつーの」


 しかも、さわさわと背中を撫でて来て、こいつ……。

 それに、いい香り……香り?なんか、いつもと違うような。

 よく見るといつもより肌がなんか違う。


「と、ところで。なんか、化粧?とかしたか?あとは、香水?」


 一応、化粧してるかどうかは多少わかる。

 普段の百合はすっぴんだけど、前に化粧をした姿を披露された事がある。


「正解、正解ー。さすが修ちゃんー」

「で、なんで……は失言か」

「そう。恋人になった翌日の変化!理由は一つ!」


 恥ずかしがりながらも百合の奴は全然止める気がないのが困り者だ。

 それが嬉しい俺も、同類かもしれないけど。


「でもさ。恋人になったからって、無理はしなくていいからな?」

「してないよ。私がしたいから、だし」

「ま、ならいいさ」


 そのまま、しばし抱き合った後。


「……なあ、もうちょっと、ゆっくりペースにしないか?」


 きっと、普通のカップルはもっとゆっくり進むんだろう。しかし、俺達はといえば、まず百合が遠慮なく甘えてくるし、俺は俺でそれが嬉しいから甘やかしてしまう。


「そだね。歯止めがかからなくなりそう」


 そんな事を二人で実感したのだった。 

 

 登校後、まずは川村かわむらに関係を打ち明けることに。

 

「そうそう。百合とは昨日から付き合うことになったから」

「ん?昨日、そんな事は一言も……ああ」


 合点がいったとばかりの表情の川村。


「おお、良かったじゃん。しかし、水臭いなー。とっくに付き合ってたなんて」


 やっぱり、昨日の今日だ。そう思うか。


「いや、そうじゃなくて。本当に昨日から付き合ってる」

「……マジ。こういう時に俺が冗談言わないの知ってるだろ」

「なあ。一言言っていいか?」

「どうぞ」

「お前らの距離感おかしいぞ!」

「多少は自覚してる」

「幼馴染って奴は、なんか他所から見ると不可解なものか」

「無理やり納得しなくてもいいからな」

「しかし、そうとでも言わないと説明が……」


 などと、色々あったが。


「まあ、おめでとさん。俺も堀川さんみたいな彼女欲しいなー」

「やらんぞ」

「わかっっとるわ!じゃなくて、可愛くて、明るくて、陰険なところがなくて。そんな彼女が欲しいなーって思っただけだよ」

「……」


 陰険ながつくところに、川村の何かを見た気がするけど、黙っておこう。


(百合の方はどうしてるんだか)


 きっと似たようなことになってるんだろうなあ。

 あいつはなんて答えてるんだろう。

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